アビス
□手紙
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「主様。イオン様からお手紙、です!」
「ああ、ありがとう。私のかわいいアリエッタ」
ててて、と駆けてきたアリエッタが手紙を渡し、膝の上へ。にぱっとご機嫌に笑う彼女に「アリエッタとメーラは癒しだなぁ」とのほんと微笑む。アリエッタが「メーラ姉さま、会いたい、です!」とこちらを振り返った。それに「また今度ね」と返し手紙を見る。
手紙には、ケテルブルクでのつまらない日常が記されていた。それと同時に私の名が広まっていること、主上派が増えていること、大詠師派がなにかを企んでいるかもしれないことなどが読み取れる。
「……主上派なぜ増える」
「そりゃ主様は絶対なんだから当然でしょ」
「あれだけ大演説かませば自ずとねぇ」
「まあまだ本物であると理解していない方も多いみたいですけどね」
「こらガキども。仕事しろ」
イーズの一言に茶を嗜んでいたミトス、シンク、アルベルトは「申し訳ございません」と謝罪。「いいじゃないか」とイーズを見れば、「甘やかさない」と怒られてしまう。
「ある意味今が一番重要な時期なんです。ここでミスをすれば後に響く。主様もそれはお分かりだと思いますが?」
「だからと子供の貴重な自由時間を奪うのは気が引ける。それに大体の仕事なら終わらせてるだろ。この子達は存外優秀だ」
「アジェラについて、まだなにも情報を得ていない状態です。敵はどこに潜伏してるかわからないんですよ。時間があるなら情報収集に勤しむべきだ」
「この子達には荷が重かろう。レヴェイユでさえ手を焼く相手なんだからな」
「だからこそ、主様に仕える者としてとことん働くべきかと」
どこまでも仕事中毒な彼に、「君もたまには休みなさい」と呆れた。イーズは「休んでますよ、あなたと違って」と吐き捨てると、さっさと届いた書類に目を通していく。
最近、別にこの教団のものではないのに、やたらと書類に許可を、サインをと強請られることが増えていた。理由を聞けば、詠師たちが我々だけの決定では心許ない。ここは教団存続に力を貸してくださっている主様にご許可をいただかなければとよくわからない忠誠心を発揮してのことだということがわかった。十中八九アドロイがなにか吹き込んだのは明白だ。
これにより、私が立ち上げた企画関係、教団関係、大詠師以外に渡す重要な書類関係がこちらに届くようになった。それに甘んじてかシンクも書類はこちらに持ち込むようになり、共に仕事をすることが増えている。シンクの書類は元騎士であるオルラッドが、私の書類はこうしていつも通りイーズが処理を手伝ってくれているわけだ。因みにミトスは書類整理の仕方などを叩き込んでる最中である。閑話。
「り、りれいぬさま……っ」
と、和やかな雰囲気の室内に、突如嘆くような声が響いてきた。見れば、導師の部屋へと続く隠し通路の扉(本棚)が動き、そこから涙目のレインが顔を覗かせている。
「どうしました?」
とりあえず手招き、団欒中のミトスたちの輪の中を指し示す。レインはよろよろと空いているアルベルトの隣に座り、顔面を抑えて俯いた。
「導師守護役って、なんですか……」
「え?」
「……導師守護役に、タトリン奏長という方がいるんです……彼女はモースが着けた守護役で、士官学校を出たばかりとのことでした。リレイヌ様やイオン様が影をつけてくれるという事で、僕も正直あまり彼女に期待は抱いていなかったんですが……」
顔から手を離したレインが、顔を上げて私を見る。
「それでも礼儀作法やマナーの類は心得ていると思ったんです。だって、だって、士官学校でも教わるんでしょう?」
「……そうですね、基礎ですから」
「ですよね? そうですよね? じゃあおかしいですよね? やっぱり僕の感覚って間違ってませんよね!?」
立ち上がって叫ぶ彼は、どうやら常識の基礎が崩れかけているもようだ。「落ち着いて、なにがあったの?」と問うミトスをぐるりと振り返り、レインは語る。
曰く、自己紹介は甲高い声で身体をくねらせ、自分のことは名前にちゃん付け。
曰く、市街で散歩をしていたら安売りに目を光らせて導師の傍を離れる。
曰く、信者と話している最中に退屈だからさっさと行こうと導師に促す。
曰く、顔色の悪い導師に対しまるで子供を叱るような苦言をもらす。
曰く、寄付金の決済についての書類を勝手に覗き見て冗談で済まされない不穏な発言。
「……僕、最初は影武者だってばれてるのかなって思ったんです。でも、でも、他の守護役達はしっかりしてくれていますし、きちんとタトリン奏長に注意もしてくれるんです。彼女はそれを虐めだと受け取っているようですが」
「……守護役ってなに?」
口を引き攣らせ呟いたシンクに、ミトスが「やばいね……」と一言。アルベルトが片手を上げたのでどうぞと促せば、「守護役というものは導師の顔に泥を塗るものなんですか?」と問われた。「ちがいます」と、即座にイーズが答える。
「しかも、しかもですよ? これだけでは飽き足らず、今日、導師の承認印に許可なく勝手に触れてたので注意したら、それを彼女、落としてしまいまして……」
「……壊れたの?」
「……欠けました」
ずうん、と落ち込むレイン。ミトスとシンクが咄嗟に目の前の菓子を彼の前にやるのを見つつ、「非常識は悪だな」と笑顔のオルラッドをチラ見。「バカはどこにでもいるものですね……」と呆れ返るイーズを見て、ふむ、と少し考える。
「……導師守護役長は、現在いないんですよね?」
「はい……」
「わかりました。では詠師トリトハイムとアドロイに許可をとり、アルベルトを貴方の正式な導師守護役長と致しましょう」
「えっ!? いいんですかっ!?」
「タトリン奏長をどうにかするのも一つの考えではありますが、大詠師モースの息がかかっている者は早々信用できない。そもそも彼女は確かあの場で頭を垂れていなかったはずです。故に手を差し伸べる義理はない。そのうち己の失態で落ちる所まで落ちるでしょう。自滅するならそれに越したことはありませんよ」
ふう、と息を吐き、また片手をあげたアルベルトにどうぞと促す。それを受け、「僕は主様のお傍を離れるのですか?」と首を傾げる彼に、「少しの間ね」とやわく笑う。
「レインはこの世界における重要な存在だ。守り、支えてくれるね、アルベルト?」
「それが主様の望みであるなら!」
明るく笑ったアルベルトに頷き、ホッとしたようなレインに苦笑。イーズにアドロイたちから許可をふんだくる様お願いし、私は非常識かぁ、と小さくぽつりと呟いた。