アビス
□毒
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「主様! 先日ご提案いただいたホスピスが上々の結果を叩き出しております!」
「師団員の保険制度も確保しました!」
「孤児院の義務教育制度も教員募集をかけはじめ、職業斡旋所も大手企業と話の磨りあわせを始めております!」
「温泉計画は瘴気を掘り当てるかもという警戒があるせいで少し足踏みしていますが、看護学校はベルケントに教員の打診を始めている最中です!」
「わあ、ご苦労さまです」
両手を合わせてやわりと微笑む。集った詠師たちは、「主様のお陰で教団には新しい風が吹きつつあります!」とやや興奮気味に言葉を紡いだ。
「聞いたところによると新しいエネルギー開発にも携わっているだとか!」
「我々人間が今後も生きられる世界を先だって考えてくださる主様の寛大さに、私たちは感謝しかありません!」
「命あるものは皆、私の子供のようなものですので」
慕ってくれる者にはきちんと手を差し伸べねばね、と微笑み差し出された紅茶を飲んだところで、ピタリと動きを止める。すぐさまカップから口を離し紅茶を凝視すれば、アドロイが反応。「おい、イーズを呼んでこい」と控えていた騎士に低く告げる。
「え? イーズ?」
「主様の部下の一人だ。恐らく今頃はヴァンと共にいる。早くしろ」
「は、はっ!」
頷いた騎士がすぐさま出ていく。そっとカップを机上に置けば、隣に座っていたミトスが「何事?」とこそりと問うてきた。
「後で教えるよ。とりあえずミトス、出されたものは口にしないように」
「え? うん……」
ミトスが己の目の前にある紅茶を見る。訝しげに首を傾げる彼が顔を上げたのをよそ、何事も無かったように詠師たちとの会話を再開した。
「──すみません、遅くなりました」
バタバタと騒がしい足音を響かせ、騎士団員に連れられイーズがやって来た。その背後にはヴァンとシンクの姿もある。
話が中断され、立ち上がったアドロイが「紅茶だ」と一言。それだけで察したようだ。イーズは即座に私の傍へ。「主様だけですか?」と問うてくる。
「ミトスのは調べてない。しかし一応飲ませてはいないよ」
「わかりました。ミトス、ちょっと失礼します」
断りを入れ、ミトスの分の紅茶に口をつけたイーズが、すぐにそれから口を離して「入ってますね」と一言。「微量なのでほぼ無味無臭ですが……」と紡がれるそれに「病死に見せかけて殺そうって魂胆か」とアドロイが舌を打つ。
「……殺そうって、どういうこと?」
低く告げるシンクに、カップを置いたイーズが「毒ですよ」と紡いだ。青ざめガタッと立ち上がった詠師たちをよそ、「は?」と固まったシンクが、驚いたように私を見る。
「大丈夫なの……?」
「私は耐性あるから別に……」
「主様のものも一応確認しても?」
「やめておけ。味が変化するほどの量が入っている。喉を痛めるぞ」
「……」
バッと動いたミトスが私の目の前の紅茶を奪い、それを飲んだ。驚き目を見開けば、彼はゴホッ!!!、と盛大に咳き込み喉を抑えて下を向く。
「なっ、ミトス!!!」
「何をしているんですかこのバカ!!」
慌てて駆け寄ってきたシンクたちに支えられるミトスは、俯き、多量の汗をその顔に浮かべながら、「こんなものを、飲ませようとしたの……?」と震える声を紡ぎ出した。
見開かれた碧の瞳が、憎悪を孕んで紅茶を運んできた騎士を見る。
「お前が、盛ったのか……?」
ずわりと、丸まった彼の背から、虹色の羽が出現した。怒りに任せ飛び出したであろうそれに、「ひっ……!」と騎士は青ざめる。
「……落ち着きなさい、ミトス」
とん、と彼の肩に手を置き、「彼は運んだだけだ」とフォロー。「羽を仕舞いなさい。皆驚いてる」。そう諭せば、ミトスは一拍の沈黙の後、大人しく羽をしまう。
「よし、良い子だ。一応解毒薬を飲もうか。アドロイ、用意してもらっても?」
「……りょーかい」
「イーズ、ミトスを部屋へ。シンク、悪いがミトスに着いてやっててもらえるかい?」
「うん、でも、主様が……」
「私は大丈夫」
言って、詠師たちを振り返り、「大詠師モースはどちらに?」と声をかける。
「い、今は、恐らく、聖堂に……」
「わかりました」
「ぬ、主様! 信じてください! 我々はなにも!」
「ええ、存じております。あなた方は何もしていない」
安心してください。無実のものを咎めるようなマネはいたしませんので。
笑って告げ、ヴァンに「着いてきてもらっても?」と問う。ヴァンは狼狽えながらも頷き、部屋を出ていく私を追いかけた。