アビス
□矯正
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「……リレイヌ様は、神様なんですか?」
キラキラとした瞳で、初めて彼が問うてきた言葉。顔合わせから一週間。ほぼ私からの教育を大人しく聞く次期導師の初の質問に、私は目を瞬いて首を傾げた。ヴァンからなにか聞かされたのかと質問してみれば、「神様は素晴らしいのだと聞き及んでいます」と告げられる。
「神様は美しく、聡明で、多くの上に立つ存在であると……そんな神様のような者に僕もなるのだと、教えられました」
「アイツまじ頭爆発しないかな……」
ヴァンは私に妄信的なところがある。そりゃあ追い詰められている時に手を差し伸べ助けてやったから仕方がないだろうが、それにしてもちと考えてもらいたいものだ。
ううん、と頭を悩ませ、「あながち間違ってはない……」と呟くミトスを一睨み。次期導師を見て、ふんわり微笑む。
「まあ、私が神族であることは確かです。神などと大それた存在かはさておき、ね」
「どの口が言うの……」
「はいそこ黙る」
ピシャリと咎めれば、次期導師は「この教会には神様の派閥があると伺いました」ときらりと瞳を輝かせる。
「僕も主上派になりたいです!」
「いや君導師だから」
下手なことして反感買うのはご法度です、と告げれば、しゅんと項垂れられた。思わずうっ、となれば、「じゃあ隠れ主上派で……」とポソポソ紡がれる。
「隠れ主上派……」
「まあそういうのも一部にはいそうだけど……」
「ですよね! じゃあ僕は今から隠れ主上派です! 導師派は表向きの仮面で!」
「開き直りおった……」
はぁ、と嘆息し、ぽす、と次期導師の頭に手を乗せた。
「レプリカイオン。いいですか? 貴方は導師イオンの影武者となるべくここにいる。決して口を滑らせるようなことがあってはいけません。敵を増やす行為を行ってはいけません。我々の目的に、あなたの存在は必要不可欠なのですから……」
「はい、リレイヌ様」
「……イオン、という名であなたを呼ぶのも、少し心苦しいですね」
困ったように笑い、「こうしましょう」と手を叩く。
「あなたに名を与えます。導師イオンの影武者としてではなく、あなた個人としての名を」
「名前……」
「……レイン、なんてどうでしょう? 私のいた世界では雨と訳せる言葉です。雨は多くを洗い流し、自然に潤いを与えてくれる尊きもの。世界に欠けてはいけないものです」
つまり、あなたもこの世界では欠けてはいけない存在ということになる。
優しく紡げば、次期導師の瞳は輝いた。「とても、とても素敵です……!」とその場でぴょんぴょんする彼に「気に入ってくださったならよかった」と微笑み、さらさらとレインという文字を書く。
「忘れてはいけませんよ、次期導師。いいえ、レイン。あなたの名は、神に与えられたものであることを……」
「はい……はい……!」
ありがとうございます、と朗らかに笑う彼は、初めて見た時よりも、明るくなった気がした。その事実に小さく笑んで勉強を再開……しようとしたところで、「主様」と影から声。下を見れば、「シンクと、アッシュとかいう輩が争っています」と告げられ、思わず目を瞬き硬直。「ちょっと失礼します」とレインに断りを入れ、立ち上がってミトスと共に部屋を出る。
「アルベルト、場所はどこだ?」
「地下の稽古場です。多くの人間が観戦してます」
「え、それ大丈夫なの、リレイヌ……?」
「……」
つかつかと無言で足を動かした。