アビス

□子供の成長
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「ミトス様!」

「ミトスでいいよ。なに?」

「訓練! 僕も戦う!」

「それはまだダメだって言われてるでしょ」

まずは学問から、と告げれば、ボクより背の高いシンクは不満そうに唇を尖らせた。

シンクがこの地にやって来て一週間。たどたどしいものの言語は覚えたようで、拙いながらも基本となる言葉の読み書きが出来るようになったシンク。まだ幼い故にアルベルトが傍にいるらしく、ボクたちはこうしてシンクに見つけられ話しかけられた時、またはメーラによる知識やマナーの教育時以外は基本的には接触しない。あまり過度に接しても悪いかなと思っての行動だ。

「イーズ様はどうしたの? アルベルトは?」

「僕ならここです」

「うわ!? びっくりした……」

ぬっとシンクの足下に広がる影から出てきた子供の頭。どこか師匠に似たその子供は、よいせ、と影から出てくると「イーズ様はただいま外交中です」と朗らかに告げる。

「外交……大変だな……」

「ミトス様も直に赴かれるようになるのでは? 外交も立派な管理者の務めだと聞き及んでいますが……」

「まあ、そうだよね……いや、てかミトスでいいって」

さっと告げれば、シンクが「主様!!!」と駆けていった。え、と振り返れば、丁度階段を降りてきたらしい、リレイヌの姿がそこにある。

「おっと、シンク。元気だね」

「はい! 主様はお元気ですか?」

「お元気お元気」

からりと笑い、彼女はポスポスとシンクを撫でた。「ちょっと客人が来るから騒がしくなるよ」と告げた彼女に歩み寄れば、「ミトス、補佐お願いできるかい?」と告げられる。

「え、補佐って……」

「何、堂々と立っていればそれでいい。オルラッドは今ラディルと買出し中だし、アルベルトは立場がない。今回来る客人はなまじ位のある者だからね。立場がいる。と考えると、適任は君だろう?」

「いやまあ、言われたからにはやるけど……」

でもボクなんかでいいのか?、と思考していると、客人が来たようだ。シンクに「アルベルトといい子にしてるんだよ?」と告げたリレイヌは、ボクを引き連れ外へ。そこにいた人物を見て、ボクは驚きに目を見開く。

「……シンク?」

同じ顔の、同じ背丈の人間がそこにいた。薄緑の衣服に身を包む彼は、冷たい眼差しでこちらを見ると、視線をリレイヌの方へ。柔らかく笑い、「久しぶりだね、リレイヌ」と彼女に近づく。

「最近連絡してくれないから寂しかったじゃないか。まさか僕のことを忘れたんじゃないだろうかと、不安に苛まれていたところだよ」

「まさか。君ほど強烈な人間を忘れられるほど、私の頭はポンコツじゃないよ」

「それは良かった。ところで、コイツは? イーズの姿もないようだけど……」

「彼は今別件で忙しくてね。彼の変わりはこの子が務める。ミトス、挨拶を」

ハッとして、「ミトス・ユグドラシルです」と名を名乗った。少年は訝しげにこちらを見ていたかと思えば、姿勢を正し、片手を前へ。「導師イオン。よろしく」と名を名乗る。

「よ、よろしく……」

差し出された手を握り、リレイヌを見れば困ったように微笑まれた。

「とりあえず、立ち話もなんだ。応接間に行こう。イオン、体調が悪くなったらすぐに言いなさい」

「大丈夫だよ。君は心配性だね」

ふふ、と微笑む少年、イオン。嬉しそうに彼女の後ろを着いていく彼をぼんやり見つめていれば、「ミトス」と呼ばれて慌てて2人を追いかける。
そうだった。補佐なんだ、今は。
しっかりしろと言い聞かせ、彼女たちと共に応接間へ。備え付けのキッチンに踏み込み、イーズ様に教わった手順で、不慣れながらも紅茶を入れてそれを出した。
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