幽遊白書
□目覚めの挨拶
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ふっ、と目を開けた時、目の前には暗い天井があった。もはや見慣れてしまった、高い天井だ。
重い瞼を軽く瞬く。そうして視線を横へとずらせば、視界の隅で、誰かの手が私の髪を掬い上げているのが確認できた。その誰かは私の視界に己の姿が写ったことを確認すると、チュッと軽いリップ音をたてながら手の中にある髪に口付けを一つ。
「おはよう、俺の眠り姫殿」
「……君のじゃない」
まだ抜けぬ眠気と格闘しながら、額に手を当て答える。その返答に、彼女は小さな笑みを浮かべながら「相変わらずつれないな」なんて言った。
「……どのくらい寝てた?」
「二百年ちょっとくらいだな、多分。帰ってきたかと思えば早々にぶっ倒れた時はさすがに焦ったぜ。奇淋なんて大号泣してたよ」
「……迷惑かけたな」
「いいってことよ。妻を守るのは夫の役目だしな」
「君、女だろ」
「恋に性別なんて関係ないね」
ケロリと告げた彼女――躯。女性の姿形をした、しかし種族は妖怪である彼女は、さも当たり前と言いたげな表情を浮かべている。どこまで本気でどこまで冗談なのか……。
いや、きっと躯のことだ。百パーセント本気なのだろう。このことに関して妥協したところを一度も見たことがないからわかる。
――変なのに好かれたな、我ながら……。
まあ、悪い子ではないので問題はないのだろうが……うん……。
悩ましい、と心の中で頭を抱えた。
「にしてもよ、お前も無茶が好きだよな。そんなボロボロの体であの雷禅を相手にするとは……」
「仕方ないだろ。喧嘩売ってきたあっちが悪い」
「仕方ないことはないっつーの。お前ほんっと、見かけによらず好戦的だよな。まあ、そういうところも嫌いじゃねーけど、もうちっと自分の体を大事にしてくれ。見てるこっちが冷や冷やする」
「……善処しよう」
肩を抱いてくる躯を片手で静し、欠伸を一つ。そのついでとばかりに「お腹空いたな……」なんて呟けば、「すぐに用意させる」と彼女は素早く立ち上がった。
「良いって。食事くらい自分で……」
「おい!我らが眠り姫が目覚めたぞ!飯用意しろ!!」
私の静止虚しく怒鳴るように叫ぶ躯。その声に反応するように、扉の前がドタドタと騒がしくなった。ずっとそこに待機してたのか君たち……。ちょっと申し訳なくなると同時に呆れる。
数秒もせぬうちに、食事は運ばれて来た。ここは魔界。そのため彩りの悪い食事が私の目の前に並ぶ。
「リレイヌ様が折角お目覚めになられたのにこのような貧相な食事しか用意出来ず申し訳ありません!!」
「十分ですよ。ありがとうございます」
なぜか大号泣している使用人を落ちつかせ、食事に手をつける。生憎と美味しいとは言えない食事だが、それでも作り手の温もりは感じられた。嬉しいことだ。こんなにも、心配してくれる者がいるとは……。
「お前は愛されてるからな。ここの奴らに」
私の思考を読んだように、躯は言う。あー、と口を開く彼女の口にスプーンで掬った食事を突っ込んでやりながら、「ありがたいことだ」と微笑む。
「私はとことん恵まれているよ」
心の底からの思いだった。