シンフォニア

□怪我
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「──ねえさまっ! ねえさまぁっ!」

懐かしい、夢を見た。
大切な人が、亡くなる夢を。
人間に裏切られて、殺される夢を。

「……ミトス……きいて……」

震える唇が、僅かに開かれる。

「これから先、こういった事は、多く起こるでしょう……けれど、どうか絶望しないで……夢を、追い続けて……」

「ねえさまっ! まって! 目を閉じないで! ねえさまっ!!」

ゆっくりと閉ざされていく瞼に、慌てて姉の手を握る。いつもならあたたかいはずのそれは、ひどく冷たく、その事実がなんともいえず恐ろしかった。

「こんなことになるのなら……エルフは、デリスカーラーンを離れるべきでは、なかっ……」 

ずるり。落ちる手。
力をなくして落下したそれに、姉の死を悟り、ボクはただ泣きわめく。

痛かった。いろんなところが。
体が、頭が、痛かった。
なによりも心が、痛かった。

「……ミトスくん」

ふと、声が聞こえ、ボクの片手になにかが触れた。見ればそこには、黒髪の彼女の姿がある。

「りれいぬ……」

ひどい涙声で、彼女の名を呼んだ。リレイヌはそれに応えるように、ボクのことを抱き締める。

「もう、大丈夫ですよ」

そっと撫でてくる手が、心地よい……。

「よく頑張りましたね。一人で堪えるには、あまりに辛かったでしょうに……」

「……がんばってない……ボクは……」

「確かに、君はしてはいけないことをしたのかもしれません。けれど、一概に君だけを責めるのは間違っている」

するりと離れた彼女が、ボクの両手を掴んだ。そうして励ますように微笑む姿に、胸がぐっと苦しくなる。

「周りの環境が、君をここまで歩ませた。本来導くべき役目を担う大人が、そうしなかったことも原因です。君だけが悪い訳じゃない」

「リレイヌ……」

「一緒に行きましょう、ミトスくん。まだやり直しは効きます。一緒に、もう一度、世界を救おうじゃありませんか」

ね?、と微笑んだ彼女に、いろいろな感情が膨れ、やがてそれらは爆発した。
腕を伸ばし、すがりつくボクに、彼女は何も言わずに震える背中を撫でてくれる。

「ぼくはっ! ぼくは、ねえさまとっ……ねえさまと一緒に、いたかったっ……!」

「うん」

「でも、ねえさまは殺されてっ、もうなにがなんだか、わからなくなってっ!」

「うん」

取り返しのつかないことをした。最愛なる姉と、一緒にいたいがために。

「ねえさまさえ復活すれば、あとはもう、どうでもよかった。なのに、ボク、ボクはいま、ねえさまじゃなくて、君と……っ」

君と、一緒にいたいと思うんだ──……。


◇◇◇◇◇


ふわり。心地の良い感覚と共に、意識が浮上。ゆっくりと瞼を開けば、既に見慣れた石の天井が視界に写った。アルテスタの家だ。
ずきりと痛む額を押さえながら、起き上がる。

「あ、起きたんですね。ミトスくん」

ふと声が聞こえ、顔をあげたボクの視界に、夢で見た彼女の姿が写り込んだ。やわく微笑みながらボクの片手を握る姿に、じわりと胸が苦しくなる。ああ、ボクは彼女のことを……。考えながら、問いかける。

「……なにしてるの?」

とりあえずは平常心で。握られている手を振り払うように引っ込めれば、リレイヌは「魘されていましたので……」と悪びれるでもなく答えてくれた。

「悪夢を見ていたらあれなので、と思ったのですが……余計なお世話でしたかね?」

「……いや。助かったよ。ありがとう」

素直に礼を言えば、彼女は一瞬目を見開いた後、「はい」と嬉しそうに微笑んだ。

「……ところで、ボクは一体……」

「覚えてませんか? ミトスくん、私のことを庇ってくださったんですよ」

「庇った……? ……ああ、確か、岩が落ちてきて……」

曖昧ではあるものの、一応は覚えている。記憶に問題はなさそうだ。
こくりと頷けば、リレイヌは安心したようにホッと息を吐き出した。そこまで心配をかけたのだろうかと、ちょっと罪悪感が沸いてくる。

「……ねえ、リレイヌ」

ボクは口を開いた。
リレイヌは不思議そうにこちらを見ている。

「……やり直すことって、できるかな」

「……」

リレイヌは少し黙った後に、「君次第ですかね」と一言。ゆるりと彼女を見るボクに、微笑む。

「なにか、あったんですか?」

「……」

ボクは黙って、それから下を向き、口を開いた。

「たくさんの人を、殺した」

「……」

「理不尽に奪って、不幸にして。長い間、いろんな人を苦しめてきた」

「……なるほど」

頷いたリレイヌは、なにかを考えるように視線を横へと向けた後、「少し、厳しいことを言います」と一言。頷くボクに、彼女は彼女の言う厳しい言葉を紡ぐ。

「奪われ、不幸にされた者……所謂被害者にとって、加害者がどれほど過去の過ちを悔い、反省しても、それはただの自己中心的な考えでしかありません。言ってしまえば罪に対する罪悪感に押しつぶされないようにするための甘えです」

「……そうだね。そうだ。今さら何言ってんだって話だよね。奪った命は戻らない。当たり前なのに……」

「……」

ミトス、と静かに名を呼ばれた。それにハッとして顔をあげれば、彼女は真剣な眼差しでボクを見つめる。

「過ちに気づいたのであれば、それをどう正すかを考えなさい。君は幸いにも、まだ引き返せる場所にいる。これ以上の罪を犯さない為にも、どう動き、どう決断するか……全てを背負った上で、判断しなさい」

「……リレイヌ」

「……大丈夫。私も手を貸します。君は一人じゃありません。今度はちゃんと、君らしい選択をしましょう?」

やわりと笑んだ彼女に、むず痒い気持ちに支配された。思わず眉尻を下げて彼女の手を取れば、そっと握り返される。

「……ありがとう、リレイヌ」

感謝を一言。

「お礼は全て終わってからでいいですよ」

優しく紡いだ彼女に、コクリとひとつ頷いた。
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