シンフォニア
□短い旅路
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「──それじゃあ、行ってきます」
アルテスタさんより預かった荷物を片手、見送ってくれる二人に一礼。パタパタと手を振り駆け出せば、「気を付けるんだぞ!!」という必死な声が背後より投げ掛けられた。振り返らずともわかる。アルテスタさんだ。
相も変わらず心配性な彼に苦笑し、そのまま返事を返すことなく森の中へ。当たり前のように挨拶してくる魔物たちに笑みを浮かべて、寄ってくる彼らの頭を撫でてやる。
「今日は時間がないんだ。また今度遊ぼう」
残念そうな声が幾つかあがった。良心が痛むが、ここは心を鬼にして別れることに。潤む彼らの瞳を見ないよう努めながら、トントン、と軽やかな足取りで歪な森の道を進んでいく。新鮮な外の空気と、これから目にするであろう新たな世界に、久方ぶりに心が踊った。
半分ほど歩いた頃だろうか。そういえばと、私はあることに気がついた。これから先、私がメルトキオたる街へ向かうためには、なくてはならない物を持っていない。その事実に。
「これは困った」
さして困っていないような台詞を一つ。さてどうしようかと、動かしていた足を止めて振り返る。
そんな私の背後。昨日より距離が開いた場所に、彼はいた。金色の髪を揺らす、まだ幼い顔立ちの少年。警戒するようにこちらを睨んでいた彼は、まさか振り返るとは思わなかったのだろう。私の動きに目を見開くと、すぐさま素知らぬふりをし踵を返す。
「──お散歩中ですか?」
ふわり、と地面に降り立ち、一言告げた。若干のいたずら心と共に、わざと彼の目の前に空間移動してやったのだ。その驚きは凄まじい。
現に、背後と私とを振り返る少年の顔が、かなり面白いことになっている。
「もしかしてお暇だったりします?」
このまま反応を見続けるのも、それはそれで面白そうなのだが、生憎と本日は時間がない。片足を背後に、そっと退きかけている少年の手を掴み、にこりと笑う。
「……暇じゃない」
一瞬の沈黙の後、ぶっきらぼうに返された答え。当然ながら振り払われた手が、虚しくも私の元へと返ってくる。
無視をしない辺り、いい子のようであるが……。
「お願いがあるんです。少し付き合ってくださいませんか?」
「は? 嫌に決まってるでしょ。なんでボクがお前みたいに怪しいやつと……」
「魔物の言語教えてあげます」
「…………」
そこには惹かれたのか、さっさとこの場を去ろうとしていた少年の足が停止した。なんとも言えない顔で振り返る彼の顔は、まるで憎たらしいものを見ているかのよう。折角のかわいらしい顔立ちが台無しだ。
「ね、お願いします。メルトキオって街に案内してくださるだけで良いんです」
「メルトキオって……ここからだいぶ遠いんだけど……」
「魔物とお話できる絶好のチャンスですよ!」
「なんかすごいムカつくんだけど……」
そこでため息を一つ。少年は「まあいいや」と歩き出す。その方向は明らかに、森の出口へと向かっていた。どうやらメルトキオまで案内してくれるようだ。
「引き受けてくださるんですか?」
確認のためにも一応一言。
「魔物に興味があるからね」
冷たい態度でそう返された。
かなり素っ気なくはあるが、まあ良いだろう。
早くしろと促してくる少年に礼を告げ、その少し後ろへ。先行く彼の背を追いかける形で、私は今回のお使いを成功させるべく、メルトキオを目指し、森を抜けた。