シンフォニア
□知らない世界
1ページ/2ページ
この世界は『テセアラ』と呼ばれるものらしい。
そんなことに気づいたのは、私がこの家に拾われて、幾日か経過した頃であった。
あれから早いことで一年と三ヶ月。既に一周回ってしまった年月のお陰で、機械人形のタバサさんや老人アルテスタさんとの絆はだいぶ深まってくれていた。
中でもアルテスタさんは、一段と私のことを可愛がってくれている。ぶっちゃけかなりの心配性な彼は、少し帰宅時間が遅くなっただけで血相変えて飛び出してくる始末だ。探された私が、逆に彼の心配をすることも少なくはない。
傾き始めた太陽を見つめ、そろそろ戻らないとな、とため息を一つ。一緒に薬草を集めてくれていた魔物たちに感謝を述べてから、重い腰を上げて立ち上がる。
「……グルルッ」
ふと、魔物の一匹が唸り声をあげた。目を向ければ、ある一点を睨むその子の姿が確認できる。どうしたのだろう。疑問に思いつつも、手を伸ばす。
「──驚いた」
背後から聞こえる、幼い声。
されど随分と年長者な雰囲気を表すそれを耳に振り返れば、金糸のような髪を持つ少年の姿が確認できた。ほんの僅かに見開かれる碧色の瞳が、普通の人間に比べるとやや曇って見える。
こんな所に何用か……。
威嚇する魔物を撫でることで落ち着かせ、大人しくなったその子に微笑。すぐに顔をあげ、近づいてくる少年を観察した。
「最近アルテスタが何か隠してる、と聞いて来てみれば……お前、魔物と話せるの? そんな人間がいるなんて、今まで聞いたことがないけれど……」
初対面のわりに、これはまた随分と失礼な子である。
少しだけ離れた、しかし目前には違いない位置。なにかを企むように微笑む少年が、そっと腕を組んで魔物たちに目を向ける。
当然ながら警戒されるも、そんなことは彼にとっては些細なことのようだ。気にも止めずに話し出す姿には、感心すら覚えてしまった。なんとまあ、肝の据わったお子さまか……。
「信頼関係もよく築けているじゃないか。主人を守るために敵を殺す気満々、ってとこかな? これは使い勝手が良さそうだ……」
「……」
「どう? お前、僕と来ない? そんなすごい力を持っておきながら、アルテスタみたいな老いぼれの所にいるなんて勿体ないしね。僕と来るなら、その力を有効利用してあげる」
最高になびきづらい殺し文句である。
さすがに苦笑してしまった私は、差し出される少年の手を一瞥。「慎んでお断り致します」と、詫びをいれた。
「……へえ、断るの? どうして?」
まあ、一応予想していた反応だったのだろう。微笑みを浮かべた少年は、小首を傾げて問うてくる。
そんな彼に、私は答えた。さも当たり前というように。
「魔物とて命があり、家族もいる。必死に生きている彼らを侮辱するような発言を受け、大人しくついて行く程、私は甘くありません」
「僕に逆らおうって言うの? 人間のくせに生意気だね」
向けられた手のひらに、眩い光が収束していく。完全に敵意を孕んでしまった眼差しは、幼子とは思えない鋭さだ。
「手荒なマネはせずに連れて行こうと思ったけど、やっぱり少しだけ痛い目にあってもらおうか」
「やれるものなら、どうぞ?」
にこりと微笑んだ瞬間、少年の手のひらから魔術の塊が飛び出した。幸いにも魔物たちに当たらなかったそれは、地面をえぐり、折角の薬草畑を傷つけてくれる。これはいけない。
立ち込める砂煙を視界、静かに片手をおろした少年の背後へ。万が一にも暴れぬよう、素早くその両腕を拘束してから、うつ伏せ状態に彼の体を地面の上へとねじ伏せた。
「──は?」
何が起こった。
そう言いたげな疑問の一文字を口から発し、硬直する少年。戦意喪失どころか動くことすらできぬ彼を眼下、私はため息を吐くと、その上から退いた。
「喧嘩を売るなら、相手は選びましょうね」
言いつつ、片手を軽く振る。
私の手の動きにあわせ、抉れた地面が何事もなかったように戻っていった。まるで巻き戻しシーンでも見ているかのような光景に、当然ながら少年は驚愕している。
地面の上に倒れたまま大きく見開いた瞳を揺らしている姿は、ある意味顔に似合っていると思った。
一通りの修復を終え、薬草入りの籠を魔物たちから受けとる。そうして帰宅しようと歩き出せば、「ま、待て!」と声がかかるわけでして……。
「お前、一体何者なんだ……っ」
問われる言葉に笑みを一つ。「さあ?」とだけ返し、アルテスタさんの家へ向かい歩を進めた。