シンフォニア

□待ち人の帰還
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「──そういえば、勇者ミトスってどのような方なんですか?」

この屋敷に預けられて早くも三日。未だに、ロイドさんたちは帰ってこない。
ミトスくん曰く「どこかで野たれ死んでるんじゃないの?」、らしいが、それはないだろうと勘は告げる。
神の直感はすごいのだ。それこそ、信じるに値する代物である。

そんな三日目の朝食の席。徐に訊ねた私に、水を飲んでいたミトスくんが「は?」と奇怪そうな声をあげた。
バカを見るような、はたまた訝しむような視線が、私の顔に突き刺さる。

「いきなりなに……?」

「いえ、あの橋での一件からずっと気になっていたんですよね。勇者ミトスってどちらさまなのかと……」

「……」

なぜだかすごく微妙そうな顔をされた。されたかと思えば、呆れたと言わんばかりに、深々と長いため息を吐き出される。

「……勇者ミトスは、古代大戦を終結させた英雄だよ」

てっきり放置されるかと思った問いかけは、存外スルーされることなく、彼は優しくも答えを与えてくれた。しかし、新たに出てきた知らぬ単語に、私はまた疑問を増やす。

「古代大戦?」

「4000年前に起こった、古の戦争のことだよ。別名カーラーン大戦。魔科学兵器を用いた世界戦争で、この戦争によって地上は焦土と化したんだ。勇者ミトスは女神マーテルと契約し、その戦争を聖地カーラーンで停戦させた」

常識だよ、と付け加えられ、なるほど、と頷く。

「女神と契約するなんて、ぶっ飛んだ勇者ですね」

「魔物と話せるお前には言われたくないだろうね」

「魔物の言語学んでる人の台詞とは思えないですね、ミトスくん」

「うるさい」

てゆうかそれ止めてよ、とジト目で睨まれ、首を傾げる。「なにをですか?」と問いかければ、彼は言った。「名前」、と。

「名前……?」

「ミトス『くん』って呼ぶのをやめろって言ってるんだよ。慣れてないせいか、なんだか気持ちが悪い」

「ほう。なるほど」

ならばと咳払いを一つ。

「ミトス」

「……」

一瞬の沈黙の後、彼は顔を押さえて俯いた。照れているのか、金色の髪の隙間から覗く耳は、僅かにだが赤く染まっている。

「……やっぱ、今まで通りでいい」

細々としたか細い声で告げられる一言。
「みたいですね」と笑う私に、ミトスくんは忌々しそうな目を向けていた。

そうこうしていると、セバスチャンさんが食堂の中へと入ってきた。「おはようございます」と告げる彼に挨拶を返せば、にこりとした、柔らかな微笑みが向けられる。

「朝からお熱いですな」

「誤解です」

「おや、それは失礼いたしました」

即答したミトスくんに対し、謝罪するセバスチャンさんは楽しげだ。この人わかっててやってるな、なんて考えながら、私は片手をグラスへ。持ち上げたその中身をこくりと飲み込み、一息吐く。

「それはそうと、セバスチャンさん。ロイドさんたちは、まだお戻りになられませんか?」

「ええ、今のところ。特に音沙汰はございません」

「そうですか……」

何をしているのやら、なんて一人思考。横から突き刺さるミトスくんの視線には、あえて反応を示さずに食事を再開。美味しいそれを、口内へと放り込んでいく。

「……前から思っていたのですが、ハニー様はどこかのご令嬢であらせられますか?」

突然の質問に「いいえ」と返せば、セバスチャンさんは「そうですか……」と一言。不思議そうに首を傾け、訝しげに眉を寄せた。そんな彼に、当然ながら口を開くのはミトスくんその人だ。
ミトスくんは手にしたフォークを机上に置くと、「なにか気にかかることでも?」とセバスチャンさんに問いを投げた。それに対する返答は、予想内の言葉たちだ。

「気にかかる、というほどのものではございませんが……ハニー様の食事作法はあまりにも完璧でして、もしやと思った所存でございます」

「食事作法……」

ちら、とこちらを見たミトスくんが、「言われてみれば……」と瞳を細めた。

「気にしたことはなかったけど、確かに、他と比べると綺麗だよね」

「ありがとうございます」

さらりと礼を述べてやれば、不満げな顔を返される。
深く語るつもりがないということを、彼は自然と汲み取ってくれたようだ。「まあいいけど」と、こちらも食事を再開しだす。

「──おーっす! ただいまー!」

と、そこでふと、大きな声が響いてきた。玄関先から聞こえるそれは、間違いない。ゼロスさんの声そのものだ。
ハッと席から立ち上がった私たちは、一足先に部屋を出たセバスチャンさんを追いかけ、玄関へ。久方ぶりに目にするゼロスさんたちの姿を見て、「おかえりなさい」と迎えの言葉を口にする。
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