シンフォニア

□プロローグ
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「──リレイヌ。お願いがあるんだ」

遠い遠い昔のこと。地上と隔絶された地下世界で、天を見上げながら師は言った。私に、『救ってほしい命がある』のだと。

「彼らはきっと、君にしか救えない。君だからこそ救える者たちなんだ。だから頼む。彼らをどうか、闇の中から救いだしてやってくれ」

彼らとは誰か。闇の中とはなにか。
一見重要そうにも思えるその答えは告げず、師はそこで言葉を終えた。そのまま去り行くその背中は随分と小さく、そしてどこか悲しげだったことを、私は今でも覚えている。

「……救う」

そのような大層な役割が、はて、私などに果たせるのかどうか──。



※※※※※※※※※



──ふわり。

どこかくすぐったいような、柔らかな感触を肌に感じ、私は長らくの間深淵に落としていた意識を浮上させた。まだ寝足りないのか、ウトウトとする感覚が非常に厄介である。
強大な睡魔と格闘しつつ、上体を起こす。そうして座り込んだ私は、そこでようやく気がついた。そこが、私が本来いるべき部屋の中ではない、ということに。

──ここは、どこだろうか……。

岩を掘って作ったような室内を見回し、ぼんやりと考える。
と、その時。特になんの音も発していなかった部屋の扉が、急に開かれ来訪者を出迎えた。入ってきたのはどうやらこの家の住人のようだ。両手には料理の盛られたトレーを持っている。

「あ、起きられマシたカ」

独特なしゃべり方だ。
目に優しい色合いの来訪者に、小さく頷く。来訪者はそんな私の答えに安心したようだ。微かな笑みをこぼすと、こちらへ。トレーを膝の上へと置いてくれる。

「お食事デス。お口にアウかハわかリマせんガ──」

「タバサ。何をしておる」

ふと、新たな声。見れば部屋の出入り口に、身長の低い老人がいるではないか。
長い髭をゴムでくくったその人は、「アルテスタさマ……」と呟くタバサ、と呼ばれた女性を一瞥すると視線を私へ。「おお、目覚めたか」と、安堵するように言葉を漏らし、こちらへと寄ってきた。

「3日も寝ていたから、さすがに心配しておったぞ。体の方は大丈夫か?」

「はい、お陰さまで。ご心配痛み入ります。ところで、私は一体……」

「覚えておらんのか? お前さんは森の中で倒れておったんだ。幸い怪我などはなかったようだが、魔物たちに囲まれているのを見た時は、さすがに肝が冷えたぞ」

──森の中……?

キョトンと目を瞬き、思考を回す。なぜ寝室で眠っていたはずの私がいきなり森の中などに飛んだのか、まるで意味がわからない。屋敷の警備に穴があるはずもないし……。

老人は口を閉ざして考え込む私の様子になにかを察したのか、「覚えておらんようだな」と呟くと、そっと片手を上へ。あげたそれを私の肩に置くと、まるで安心させるように笑みをこぼす。

「とにかく、今はタバサの作った食事を食べるといい。落ち着けばまた、なにか思い出せるかもしれんしな」

「……すみません」

「なに、気にするな。これも何かの縁というやつだ」

頼みごとがあればすぐに呼ぶといいと、老人はそのまま部屋の外へ。私は残されたタバサと二人、一度無言で顔を見合わせてから、手元の料理に手をつけた。ほんのりとしたあたたかさが、丁度良い温度となっている。

──これから、どうするべきか……。

美味なスープを飲みながら、考え込む。しかし生憎と、上手い答えは見つかりはしなかった。



壊れた歯車は回りだす。歪な音を、響かせながら──。
 

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