アビス

□キムラスカ
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「アルベルト、メーラ。しっかりとレインを守るように。私がいない間、もしなにかあれば六神将に伝えること。いいね?」

「はい、主様」

「無茶はしちゃダメなのよね」

「うん、わかってる。ありがとう」

見送りに来たアルベルトとメーラの頭を撫で、次いでレインに目を向ける。「本当に大丈夫ですか?」と問うてくる彼に「もちろんです」とやわく微笑み、「少しの間ですが首席総長と大詠師が不在となります。気をつけて」と告げれば、レインはこくりと頷いた。

「リレイヌ様がいない間、教団のことはなんとかします。お任せ下さい」

「おや、私は教団の居候ですよ? 私には教団内でなんの権限もありませんので、その言葉は少しおかしいかと」

「え、でも、イオン様とヴァンが話し合って、リレイヌ様を教団の最高責任者にするつもりだと……手筈も既に整っていると伺っていますが……」

「うん?」

思わず首を傾げてイーズを見れば、「そんな話は来てますね」とさらりと告げた。
おい、私は聞いてないぞ。
思わず彼をジトリと睨めば、「本来の目的が達成されるので構わないかと」と悪びれなく告げられる。
まあそうではあるのだが、それにしてもなんか報告はしなさいこのおバカ。

多少の問題を抱えつつ、私は管理者と遺産を連れて港へ。今回はヴァンがシンク率いる第五師団に私の護衛を務めさせたため、周りには師団員の姿もある。

ダアト港に着いて、詠師以上の者が外交に行く際に使う小型船に乗り込み(何度も言うが教団では私はただの居候)、私はキムラスカへ。最高神とはいえ現地に位のない者がこんなの使っていいのかなとポツリと呟けば、「寧ろこんなものに主様を乗せていいものか……」とオルラッドが悩んでいた。ついでに船酔いしかけてた彼に薬を渡し、座ってもらう。

船が到着し、タラップが降り、一般市民の出入りが規制された港にイーズたちを引き連れて足を踏み入れる。
兵士達が囲う外側では一般市民たちが詰め掛けていて、僅かにおお、という声が聞こえた。見えているか解らないがそれでも彼等に向かってにっこりと微笑んでおき、目の前に立っている女性へと視線を移す。
その紅色の軍服と怜悧な瞳に好感を覚えながら、私が足を止めたのを見て、きびきびとした動きで礼をとってくれた彼女に目を向けた。

「世界最高神、セラフィーユ様とお見受けいたします。お初お目にかかります。キムラスカ王国軍元帥付き副官兼第二師団師団長ジョゼット・セシル少将と申します。この度はセラフィーユ様の警護と案内を任されました。バチカルに滞在される間、我が師団が全身全霊を持ってセラフィーユ様をお守りさせて頂きます」

きっちり結い上げられた髪と、隙の無い所作、ハキハキとした口調。どこをどうとっても軍人の鑑だ。ティア・グランツに見せてやりたい。
頭の中で姦しいあの女を思い浮かべ、コンマで頭の外に放りやりながらセシル少将へと微笑みを向ける。

「お初お目にかかります。リレイヌ・セラフィーユと申します。急な来訪にも拘らず、快く受け入れてくれた上、少将のような頼もしい方にお出迎えいただけてキムラスカには感謝の念が耐えない次第です。短い間ですが、宜しくお願いいたします。

それと、コチラは我が部下であり、かつ管理者の地位を得ているイーズとオルラッド。龍の遺産であるミトスとシンクです。シンクは第五師団師団長も兼任しており、この度は第五師団を引き連れて私の護衛に当たってくれています。シンク、代表としてご挨拶を」

「シンク謡士です。セラフィーユ様の警護に関しては後ほどお話させていただきたく」

私の半歩下がったところで目礼するシンクを見てセシル少将は僅かに驚いたようだったが、シンクの言葉に黙って頷いただけで済ませた。
そして最後にヴァンが挨拶をした後、どうぞコチラへと言って天空客車に案内される。
途中物珍しそうな市民の目に晒されながら、まずは少将とヴァン、そして私とイツメンで天空客車へと乗り込んだ。
外に立っていた兵士が何か操作したかと思うと、大きく揺れた天空客車がゆっくりと動き出す。

「セラフィーユ様はどちらに滞在されるご予定ですか?」

「教団のバチカル支部に滞在する予定です」

「畏まりました。では第二師団の者を3名置いておきます。何かありましたら彼等をお使い下さい」

「ありがとうございます。少将のように細やかな気配りのできる方が居て下さると安心できますね」

そう言えば恐れ入りますといって頭を下げる少将。
態度が硬いなとは思うものの、軍人とは本来こうあるべきものだ。やはり好感がもてる。

そうして幾つもの客車を乗り継いで辿り着いたのは、バチカルの最上層、ファブレ公爵邸と王城があるエリアだった。
他にも王城の周囲には公爵家の屋敷がいくつかあるらしいのだが、真っ先に目に入るのはファブレ家と王城である。
コレだけでファブレという家がどれだけ王家に近いか解るというもの。

「こちらが王城です」

「インゴベルト陛下をお待たせするわけにはいきませんね、参りましょう」

大詠師の嫌がらせのせいで到着日に謁見、翌日晩餐会というふざけたスケジュールになっている。
それを察しているのかどうかは知らないが、セシル少将は何も聞くことなく黙って王城へと案内してくれた。

城内に足を踏み入れれば、突き刺さる数多の視線。
貴族、護衛兵、メイド、近衛兵、使用人、貴賎。誰とも問わず私へと向けられる視線は、好奇心、侮蔑、期待などの感情を乗せている。

マルクトに居た時も似たように注目を集めたが、あちらはどちらかと言えば私を見下し、侮るもの、そして多くが集まる中、神を名乗った存在に対する好奇心が大多数を占めていた。
しかしここでは違う。明らかに私を侮蔑している。
その視線の冷たさに預言を必要としない姿勢を忌み嫌っているものが多くを占めていることを察することは非常に容易だ。

「ふふ、緊張しますね」

「ご冗談を」

目を細め、造りではない笑みを浮かべながら呟いた私にミトスがぼそりと返してきた。
それはつまりやる気満々の癖して何言ってんだ、ということだろうか。
セシル少将が謝ってきたが、彼女が謝る理由など無いし必要も無い。

「何故貴方が謝罪するのですか?」

「……お気を、悪くされたのではないかと」

「まさか。この程度は予想の範疇です。問題ありません」

イーズの手を取り、謁見の間へと向かうための階段を登れば、大きな扉の前に辿り着いた。

落ち着いた紅色に彩られた扉が、キムラスカ兵によって厳かに開かれていく。
セシル少将が同行するのはここまでらしく、扉の脇に立ち深々と頭を下げた。
イーズ、オルラッド、ミトス、シンクのみを引きつれ、謁見の前に足を踏み入れた私は陛下と相対することになる。

「そなたがセラフィーユか」

「インゴベルト陛下にはおかれましてはお初お目にかかります。世界最高神、リレイヌ・セラフィーユと申します。此度は急な来訪にも関わらず、快く迎えてくださり真にありがとうございます」

軽く目礼をして挨拶をすれば、陛下が余はインゴベルト六世であると重々しく口を開いた。彼を支えるように立っているのはクリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレ公爵と、内務大臣のアルバイン。それから先に来ていた大詠師モース。にやにやと勝ち誇ったように笑うその顔に蹴りをお見舞いしてやりたいのを噛み殺し、笑顔を浮かべる。

「連絡はいっているだろうが、明日ここに居るクリムゾンの邸宅、ファブレ公爵邸にて内々の晩餐会がある。キムラスカ内に施行した施設の礼だ」

「私のような者をお招きいただけるとは、光栄の至りです。今からとても楽しみにしております」

「うむ。我が娘ナタリアと甥のルークも参加するが、それだけだ。それほど人は多くない故、ソコまで緊張するほどのものでもないだろう。身分のことは気にせず、キムラスカの料理に舌鼓をうってほしい」

目を細めて笑うインゴベルトに再度礼を述べつつ、こいつはダメだなと察する。一国の王がこれでは、なるほど、つけ込まれるのも納得がいく。

「キムラスカに居る間は教団支部に滞在する予定です」

「そうか。何かあったらセシル少将に言うと良い。大抵のことは何とかなるだろう」

「お心遣い、感謝いたします」

結局何事も無く謁見を終え、最後にもう一度目礼してから私は謁見の間を去ることになった。
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