グリレ

□言ってほしい
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レッドがジムリーダーの代理をやると言ってくれた狂喜的な喜びと、厳重保管であるバッチがごみの日に出るというオレのリーダーとしての立場が死ぬ前にぬかるんだ事に、感情がシーソーみたいに揺れていると。

静かに扉が開いて、白衣を着た医者が現れた。
朝の検査でもあるのか、一緒に入ってきた看護婦の右手には、カルテやら器具やら下げている。


「早朝からお邪魔していてすみません」

ジムトレーナーはやってきた医者の方に身体を向き直すと、深々と頭を下げた。真面目さが、真っ直ぐな背筋に滲み出ている。
腰を折ったままの姿勢で、あの、と小さく声を出した。
顔だけ上げて、

「すみませんが、リーダーの容態を教えて貰えませんか」

と、切羽詰まった表情で医者に問う。
小太りした男の医者は、そんな彼を見て苦い顔をすると

「…ジムの方には正確に言わなくては行けない規定があるので伝えますが」

と、言いにくそうに口を開いた。




「…再び、目を開ける可能性は、五分五分です」




その言葉に、医療器具ばかり置かれたこの部屋で、心音図のみが音を出していた。
1度死んだと思ってただけあるのか、そんなもんか、と他人事みたいにどこか冷静なオレとは対照的に、ショックを受けたようにジムトレーナーは食い入るように医者を見ていた。
動きが悪くなった口もとが小刻みに震えている。


「どう…すれば、可能性が…上がるんでしょうか」


一歩前に身を乗り出した彼は、声も震えていた。
オイそんなすがるような態度で聞くな。医者が困るだろ。

「治療は、最善は尽くしていますから、後は本人の気力にかかっている部分が大きいです」

優しく諭すように、だからそうですね、と首を少し傾けて医者は続けた。


「本人に、絶対に起き上がらなくてはいけない、という意識が大きくなれば可能性は変わるかもしれません」








「うおおお!!!オレは!!レッドにもう1回バトルで勝ってやる!!!!」

叫びながらオレはオレの体へ直下すると、床を通り過ぎた辺りで、バンジージャンプの紐が伸びきったように体が上に巻き戻された。


「クソ!なんだよ!これじゃ足りねーのかよ!」


何十回繰り返したか分からない、また真下にオレがいる光景に戻っちまった。いい加減見飽きた景色に嫌気がさして、オレは苦々しく舌打ちする。


医者の話を大方聞いて、仕事に戻りますと会釈して去っていくジムトレーナーの背中を見送る最中から、オレは再び闘志が燃えさかっていた。
身体をくっつけようと躍起になってはいたがなるほど。絶対に起きたいという精神論での合体は盲点だった。

オレは魂だけなのだ。
直接合体は難しくても、思う力はそのまま体に伝わってくれるだろう。
思うだけじゃ足りねーかもと、言葉に出してまで実践しているのによ。

「一体何が、駄目なんだ?!」

海女業に、潜る前に叫ぶという行為が足されただけのこの結果に納得がいかない。
首を捻りに捻ってみて分からなかった。

直接合体も出来ない、思っても出来ない。オレが肉体に戻れない原因はなんなんだ?
もう完全にお手上げ状態で、誰でもいいから相談したい所だが、ここにはピカチュウしかいない。あっちからオレは見えていないので会話は不可能だが、もし見えていても、大変だなコイツとかニヤニヤ笑いながら思ってそうで、相談役には向かねえだろうけどな。
ピカチュウは動かなすぎでかかし化していて、生き物感すらないから、独り言でも相談している気にならない。

言わずもがな、オレは体に戻りたいと思っている。
皆に心配され、ジムを大変な目に合わせ、とどめにレッドに大迷惑をかけて、1秒でも早く目覚めなきゃいけない。
レッドに勝ちたい、なんて願いの叫び付きなら、今度こそ戻れると思ったのに何が悪いんだ。
煩悩の分戻りやすくなるもんのか?やっぱり数こなせばいいのか?


「…よし!!オレは!オムライスがもう一回食いた」

「うあああああグリーンさあああん!!!!」

オレのでかい声が、更にでかい声に上塗りされた。
バァン‼とスライドの扉が音を立てて開いたのと同時に、大絶叫が病室にビリビリ響く。
鼓膜なんかねえのに、オレは、ドアの方を見て白目を剥いた。
各地を旅してるから、すぐには話が伝わらねえだろうな、と思っていたけどよ、随分早く来てくれたんだな。


手足をバタバタさせながら、ヒビキが入室した。


「グリーンさああん!!!!死んじゃ嫌ですううう!!!」


オレが真正面で浮かびながら苦笑するも、ヒビキから反応は無く、寝てるオレに直進していった。

「元気だな、お前…」


オレが呆れながら、素直な言葉を落とした。沢山の奴が来たが、こんなに全力で泣いてくれたのはお前が初めてだ。さすが常に感情が漏れてる男だな…。
動物みたいなお前ならオレが見えるんじゃないかと思ったが、浮いてるオレを見る様子はない。
うーんヒビキもダメか。
ヒビキは顔面がぐしゃぐしゃもいいところだった。ぼろぼろに泣いていて、目許が腫れている。申し訳無い気持ちはあるのだが、すまん、パニック状態なのか手足が一緒にバタバタ動いたままで、顔が勝手に笑ってしまう。

いいから落ち着け、と意味なくオレが真上から宥めていると、微動だにしなかったピカチュウがぴくりと顔をドアに向けた。
静かにもう一人、部屋に入ってきていた。


レッドだった。


「レッド!おま…」

「ヒビキ、廊下まで響いてるから静かに」

「あっすみません!!!!」

「静かに」

レッドは必要最低限しか顔の筋肉を動かさずに、ヒビキにぴしゃりと言い放った。
レッドはまたオレの服だった。今日はグレーのパーカーを羽織っている。
うう、と情けない声を出してヒビキはしょんぼりと分かりやすく落胆すると、押し黙った。ヒビキもそれなりにすげえ奴なんだが、先輩は圧力が違うな。
オレの顔を見ていたヒビキは、また目に涙を溜め始めた。


「ぐ、グリーンさ、起きますよね。このままお別れは、嫌です。早く、起きて下さい」


オレに呼び掛けるようにそう言って泣くヒビキとは対照的に、隣のレッドは無表情で寝ているオレを見ている。
派手に泣くヒビキの横で、それはより際立って見えた。



絶対に起き上がらなくてはいけない、という意識が大きくなれば結果は変わるかもしれませんね。


オレには何が、足りないんだろう。




出来る事があれば何でもやりますから!と頼もしい言葉を残して、ヒビキは帰っていった。
ヒビキと一緒に帰ると思っていたが、レッドはまだ部屋に残っていた。

部屋で一人ピカチュウを撫でながら、ただ立ってオレを見下ろしていた。
何をする訳でも無い。ただ見ているだけだ。
オレはベッドの淵に座って、レッドの顔を覗きこんだ。


「…なぁ、レッド。昨日の事、聞いたんだ。ジムが世話になったらしいじゃん?なんだよお前、ぜってーそんな事しなさそうな顔してよ。出る前に、一言言ってけよ。めちゃくちゃ嬉かったんだぜ?あーでも、バッチは捨てんな。渡すつもり無くても保管なんだよ、あーいうの」

オレはレッドを見上げながら、独り言を続けた。
身振りも交えたくて、目の前のレッドの足を叩いて見たが、手に衝撃は走らない。いつもなら体を相手に向けて合話すのに、レッドは寝てるオレの方を向いたままで合わない。


「しばらくは、ジムをお前に任せる。頼んだぜ?」


締めくくりで、ありがとな、とオレはそう言った。

見下ろす赤い瞳は喋るオレでは無く、最後まで寝ているオレを映していた。

一言でも、伝わらねえかなぁ。
苦笑いして、そんな風に思って無表情な顔を眺めていると、
ヒビキが帰った後から一言も喋らなかったレッドが、タイミングよく小さく口を動かした。



「…僕の名前は?」


その発言に、ちょっとでもオレの言葉の回答を期待したオレはズッコケた。

まーたそれかよ。
頭を打ったけどボケた訳じゃねーんだぞ。まだ若いんだからな。そんな何回も分かりきった事聞くんじゃねーよ。
ああ、それともこれか?


「グリーンとしてやってるよ、って意味なのか?」

レッドはオレとして、頑張ってくれてる訳だからな。そういう事なのか?

こっちのオレは想像して多弁だが、寝てるオレは黙ったままだ。


その反応にレッドはまた俯くと、身を翻して、部屋を出ていった。
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