グリレ

□言ってほしい
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さて、不可解な行動をする奴の心情を探ってる暇なんか、オレ様には1秒も無かった。
死んでると思っていた自分が生き長らえてたんだ。
ぼんやりして、うっかりこのまま死んじまったらレッドの延命処置が全て無駄になる。
一刻も早く本体を目覚めさせなくてはならない。
直ぐにでも起きるのが助けてもらった礼儀だ。
本体はこの有り様だし、どのくらい持つか分からないから変な事考えてる暇は無え。
…だけど今のオレのふわふわな分離状態では、起きるモンも起きないだろう。
何せ意識ある中身がここにいるんだ。寧ろ、この状態で目の前の本体が目を開けたら困る。オレはここにいるのに、中身の人間は一体誰になってんだよ。

まずは肉体と魂を合わせなきゃいけない。
嫌な想像をストップさせて、幽体離脱してるなら肉体に戻りゃいいよな、と思い立ち、本体との直接合体を試みる事にした。
病室は四角い水槽みたいだ。水中で漂うように、寝てる本体の真上にゆらりと浮かぶと、身体に向かって潜水する。両手を下げると、ずぶりと入っていく自分の透明な身体に、思わず目を閉じる。

(…ど、どうだ?)

本体のオレは仰向けで寝ている為、本体に戻って覚醒すれば天井が見える筈だ。全部体に収まってそうな辺りで、おそるおそる、瞼を上げてみる。
真っ白な天井を期待するが、瞼の裏側の残光の時点で、明るさは無かった。匂いも、感覚も、何も感じられない。

目を開いて見た先は、病室の灰暗い床だった。

何回合体を試そうが結果は同じで、魂が本体とくっ付かず、すり抜けてベッドの下に出てしまう。


「なんだよこれ!どーすれば体に戻れるんだよ!!??」

オレは部屋をぐるぐると浮遊した後、頭を掻きむしって絶叫した。
何で出れたのに戻ることが出来ないんだ。
黒魔術は知識が無いので、他の魂の合わせ方なんて見当が付かない。
リーダーで忙しい身だし、さっさと起きなきゃいけねーっつーのに。

それとも回数やれば何とかなるもんなんだろうか。
体が魂に慣れてくれば、一回くらい拒否反応を起こさずドッキングしてくれるかもしれない。
そうと考え付けば動くだけだ。オレはトレーナーから海女へと変貌し、オレという目標目掛けて潜りまくった。


本物の海女なら当分の食料を確保出来る回数をこなす頃、いつの間にか窓から日射しが射し込み始めて、朝になってきた。
魂だけって眠くならねーんだなぁ、とまた1つ下らねえ知識を増やした所で、ふと黄色い影に視線を落とした。

一晩中忙しく動き回ってたオレと対照的に、ピカチュウは寝てるオレの足元にじっと佇んで、白く光る朝焼けを浴びている。
流れる動作で唾を吐いた後から、微動だにしていない。ずっと後ろ足で立ったまま、寝ているオレの方を見ている。

「お前、ずーっと何見てんだ?寝ないのか?」

視線の先の変化してるものは心電図の数字ぐらいで、変わり映えしねえのに。
飽きないのか?と不思議に思い首を傾げたと同時に、ドアからカラリと音がした。


目を向けると、トキワジムのトレーナーがドアに手を当てて立っていた。

「よう、来てくれたのか」

良く見知った顔に、自然と声のトーンも上がる。
こいつが来てくれたのか。トレーナーの中では古株で、長年オレを守ってくれている頼もしい男だ。
そこそこ男前の奴だが、顔はそんな原型を留めず歪んでいる。
今まで勤務していたのか、服はジム用のままで、グリーンさん、と小さく呟くと、寝てるオレにゆっくりと近付き、下唇を噛んで俯いた。

「……来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません。今までジムの業務で抜けられませんでした」

近況を語る彼の顔は、疲弊していて青白い。
何言ってんだ。こうなったのは全部オレの責任だ。
今まで残業していたのだろう、謝るのはオレの方に決まってる。
悪かったな、大変だっただろ、ありがとな、とオレは真上から謝罪とお礼の言葉の雨を降らせた。
他の奴等同様、どれも聞こえはしていないようで、反応しないまま顔を下げてベッドにいるオレを見ている。
彼はすう、と深呼吸をすると、緊張した面持ちで、ゆっくり口を開いた。


「グリーンさん、よく聞いて下さい。…今来たのは、昨夜のジムについてご報告があるんです」










君主のいない城は狙われやすい。
昨夜のトキワジムの状態は、この一言に尽きていた。
そちらのリーダーが、病院に緊急搬送されました。
あまりにも突然に飛び込んできたその一報に、受けた僕達はそれは騒然となった。
リーダーはしょっちゅうジムをあける人で、挑戦者が来たら電話で呼び出そう、くらいに仕方無く外出を見ていたのだが、事故を起こす可能性は皆頭に無かった。
ジムはもう開けていられない。特訓をしていたトレーナー達は慌ててジムを閉めようとしたけど、既に遅かった。
トレーナーにはいい奴もいるが、悪い奴もいる。事故の話をどこで聞き付けたのか、バッチ狙いのハイエナ野郎が雪崩れ込むようにジム内に入ってきたのだ。
入ってしまったら、リーダーが対戦出来なかった場合、ルール上挑戦者の不戦勝扱いになる。
ジムバッチをタダで貰いたいという下らない考えを持った奴等の、絶好の機会になっていた。
ましてやここはカントー最難関のジムで、最もバッチ取得率が低い場所。
悪い顔をした奴等は、大人数でトキワジムにやってきた。
ジムは外まで包囲され、トレーナーが倒しても倒しても行進してくる。ついに最奥の席までやってきた悪党に、僕は必死に対応をしていた。
そんな時だった。



『だから!もうお引き取り下さい!今日はリーダーは対戦出来ないんです!』

『ハハハ!なら仕方無え、俺達が不戦勝で構わないぜ?』

『そんな、グリーンさんの事情を分かって来ていらっしゃるんでしょう?挑戦を別日にする良心は無いんですか!?』

『生憎なあ、今日しか挑戦する日が空いてないんだよ。リーダーがいないのは、そっちの落ち度だろ?』

『そうですが…』

『そうだろ?俺は挑戦に来ているんだ。そこの椅子にバッチが置いてあるのが見えるぜ。リーダーがいないのなら、さあ、早く』



バッチを。




















『…ボンジュール』
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