グリレ

□言ってほしい
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泣く子も黙るような迫力を滲ませる王の命令によって、12匹は恙無く作業を遂行させた。
処置されたオレの身体はカイリキーの手で、大事そうにピジョットの背中に乗せられる。

「ありがとう。後は街に向かうから皆下がって」

レッドが抑揚ない声で労うと大勢の手持ち達は従うように各自ボールへ戻っていった。
病院を目的地に、レッドがリザードンに足をかけると、ピジョットと2匹で一気に空へ舞い上がる。
本体から離れられないのか、引っ張られるようにオレも単独で空を飛んだ。もし姿が見えていたら、子供達からスーパーマンだ!と指さされてるに違いない。


「…お前、すげえな」

ピジョットと横で平行して飛ぶという貴重な体験をしているオレは、空中で寝そべりながら率直な気持ちをレッドに投げた。

ピジョットにしっかり固定されて寝ているオレの頭には、包帯やタオル、レッドの上着(嬉しいが、インナーだけのレッドがめちゃくちゃ寒そうだ)が巻かれてラプラスにより冷却されている。
生き物は不測の事態に遭遇した時、未知の力が出ると聞いたけど、クソ不器用なレッドから手際いい応急処置を見れるとは思わなかった。

そして、あの指示だ。
対戦では1匹、または2匹にのみ指示するルールになっている。
対戦じゃない私生活の中でなら、何匹指示しようが別に問題はねーけどよ。
普通、人間でも12人と同時に話すのは無理だろ?
それを猛獣レベルの奴等、12匹を同時に伏せさせていた。
これが、ポケモントレーナーの頂点に君臨し続けてるレッドという人物だ。視野も適応力も統率力も、並外れている。
対戦のルールだから、1匹を指示してるに過ぎないって事を、頂点の座から陥落しない理由を、天才のオレ様に勝ち続けてる訳を、嫌ってくらい肌で感じた。

リザードンに乗り、黒髪を靡かせるレッドの横顔は、先程の威圧感が幾分緩和したように見える。ピリピリしてるが、見慣れた鉄仮面だ。

やるじゃねーか!とオレは寝たまま足で拍手を送ったが、レッドは瞬きもせずに進行方向を見詰めている。
やっぱり、オレの姿や声が伝わっている訳じゃない。見えてたら今の足で歓声を贈るオレを張っ倒しているだろう。

レッドに認知されてないと分かろうが、オレは顔のニヤニヤが止まらなかった。
レッドに会うのが怖いなんて気持ちは、今や地平線の彼方へ吹き飛んで消えている。


無関心でも無く、パニックを起こす訳でも無かった。
皆を落ち着かせてくれた。
ウィンディに傷薬をかけてくれた。
オレは死んでいて気持ちが伝わらないのに、したい事をそのまま以心伝心のようにしてくれたのだ。

手持ち達から気付かれなかった後だから、尚更喜びは大きかった。
増して普段無表情なんだぜ?ニヤニヤしない訳が無い。


「…充分だよな」

横顔に独り言を溢していると、いつの間にか、厚い雲を抜けて麓に下りていた。



ヤマブキのでかい病院に叩き込まれて分かったことがある。
まずオレは死んでいなかった。
処置が良かったらしく、オレは一命を取りとめていた。わらわらと出てきた医者に囲まれて無数の管に繋がれると、ベッドの上に寝かされる。
横に置かれたバカでかい心電図がチカチカ数字を示して、確かにオレが生きてる事を映していた。

死んでるとばかり思っていたオレにとって、この事実はかなりの衝撃だった。
んじゃあ今のオレはなんなんだ?と疑問になったが、幽体離脱してるという事になる。分離しただけだ。とにもかくにも幽霊から格下げだ!

「よっしゃああ!!オレ生きてんじゃん!!!」とガッツポーズをして叫ぶくらいに、レッドとの以心伝心の件で浮かれてたオレは更に楽観的になった。
…所だったが、世間はそうはならなかったらしい。

ベッドが置かれた病室に、血相変えてじーさんがやってきた。寝てるオレを見るなり、顔を絶望に染めている。
隣にいた姉さんは崩れ落ち号泣した。

各地方のジムリーダーにもオレが頭を打った間抜けなニュースが流れたのか、夕刻な事もあり仕事終わりに続々とやってきた。皆オレを見ては悲しみに沈んだ表情を浮かべている。
命をとりとめただけで危篤には違いなく、真っ白い病室で真っ白い顔で眠るオレを見て嬉々としてる奴なんて半透明のオレだけだった。
どいつもこいつも陰鬱としていて、死という物を感じてる空気がありありと出ている。
まだ若いのにだの、死ぬんじゃないだのそんな言葉がオレの目の前で飛び交う。
取り敢えずオレは生きてんだよ、皆シャキッとしろシャキッと!そう病室の真ん中で言っても、伏せた顔を上げる者はいなかった。
そういやリーダー達が来て思い出したが、トキワのオレのジムは当分休業だ。ここにトレーナー達は来てないが、いきなりリーダーが不在となったこの事態の対応に追われているんだろう。一報聞いて、慌てる姿が浮かんできて申し訳無い。
外の状態が知りたいしこの部屋から出たいのだが、出ようとすると寝てる身体とゴムで繋がれてるかのように、引っ張り戻される。
おかげで誰に付いていく事も叶わず、部屋から出ていく皆を見送るしかなった。

病室の窓から見える外はすっかり真っ暗で、夜になった。
ひでえ1日だったな、と黄昏ているとカラリ、と病室のドアが開いた。
今度は誰だと思って嫌々目を向けると、線が細い手が扉を開けていた。
レッドだった。
足元にピカチュウがひょこひょこ付いてきている。

「…レッド」

蛍光灯の下、白く写るその表情は相変わらず無表情だった。
レッドは病院に着いた後、オレが医者に囲まれたのを確認すると、消えるようにどこかへ姿を消した。そういやどこ行ってたんだこいつ。
いや、その前に言う事があるな。
すぐに入れ替わりでじーさん達が来たから言いそびれていたけど。


「ありがとな。お前のおかげで生きてるぜ」

オレは机の上の、花が飾られた花瓶の横に腰を降ろして、礼を述べた。
こうしてここにいるのも、こいつのおかげだ。こいつの処置が無ければ、オレはあの寒い場所で仏になっている。
自分の服までダメにしてくれたんだ、服を買ってお返しするぐらいじゃ割りに合わねえなぁ。
…で、レッドの体を見て気付いた。
黒いインナー1枚だったレッドは、黒いYシャツを着ている。

「…ん?その服オレのか?」

オレは身を乗り出すようにレッドの上半身を見詰めた。
レッドはこんな服持ってないし、微妙に袖が余っている。…オレのじゃん。
何でオレの服着てんだ?と疑問が湧いたが、すぐに解決した。
こいつ、前に山から降ろした時実家には帰りたくないと嫌そうに言っていたのだ。そりゃあ心配させてるし説教はすげえもんになるに違いない。
だからって、素直におばさんに顔を見せればいいだろ、と今度はオレが説教したのを思い出した。大方オレの家で着替えをしていたんだろう。
この親不孝者め、と、これはさっきじーさんを泣かしたオレが言える事じゃねーから割愛する。
指だけが覗く絶妙な袖加減に、彼シャツと感動する余裕まではオレに与えず、レッドは腕捲りして細い腕を露にした。真っ直ぐオレの荷物に向かうと、腰を落として中身を漁り始める。 

「…何してんだ?」

屈んだままバッグの中をごそごそと掻き回すと、何かを取り出した。
図鑑だ。もう片手でレッド自身の図鑑を取り出して、にらめっこしている。
なんでそんなもん、と空を蹴ってレッドの背後から覗いて。
驚愕した。

「…え」

目を疑った。
フーディンとカメックスを。
ドサイドンとカビゴンを。
ナッシーとフシギバナを。
カイリキーとラプラスを。
ウインディとリザードンを。
そしてピジョットとピカチュウを。


お互いの手持ちを、交換しようとしていた。



「ちょ!おい何してんだ!!?」

オレは慌てて図鑑を奪おうとしたが、レッドの身体ごと手が貫通した。霊体が通った事も知らずレッドは無表情のまま両手の図鑑の操作をしている。

「やめろよ!何考えてんだ!目の前にピカチュウいんだろ!?」

叫んでも勿論届かなかった。
交換完了、の文字が図鑑に次々表示される。


レッドの後ろにいるピカチュウは、主人から手放される瞬間を、ただ黙って見ていた。



全手持ちを入れ替え終えると、パタンと図鑑を閉めて、背後にいるピカチュウに向き合う。

「ピカチュウ」

手持ちから離れる事を最も反抗しそうな鼠は、レッドから黙って頭を撫でられた。

「グリーンの事、宜しくね」


ピカチュウは頷くと、身軽にオレの足元に飛び乗り、口を小さく動かすと二つ足で立った。オイ、さりげなくオレに唾吐いてんじゃねーよ。オレだってお前の主人はごめんだ。

事態に全くついていけずオレが呆然としていると、オレの手持ち達が入ったボールを腰に付け替えて、レッドは立ち上がった。
ベッドで寝ているオレを、改めるように見据えた顔は、何の表情もしておらず何考えてるかさっぱり解らない。
なんなんだこいつ。クソ、能面が恨めしい。
見詰められる、管に繋がれたオレの方は、目を閉じて微動だにしなかった。
痛々しい姿になったオレに対して、出会ってから今まで一言も発しなかったレッドは、



「僕の名前は?」


と、初めて声をかけた。


ここにきて先程散々聞いた、可哀想に、でも無く。なんでこんな事に、でも無く。まだ若いのに、でも無い。

…はあ?と、時間を置いて、浮かんだ方のオレが気の抜けた声で答えた。寝てるオレの方からは当然返事は無く、酸素マスクからシューシューという呼吸音だけが部屋に響くだけだ。

それにレッドは僅かに目を伏せると、身を翻して扉へ向かった。

「…いくよ、みんな」

そう腰に収まったボールの新しい手持ちに声を落とすと、奥で燃えるように揺れた瞳を細めて、扉に手をかける。


…おいヒビキ、聞いてるか?
こいつを運命の相手だと言ったよな?
オレもさっきまでは思えたが、前言撤回レベルだ。
運命の相手だったらもっと、行動も発言も、意思疎通出来るもんだろ。


「…い、意味分からねえ」

オレとピカチュウ、そしてレッドのポケモンだった5匹は、ドアが閉まる音を聞いて病室に取り残された。


オレの服を着て、オレの手持ちを持ったレッドが向かう場所を。
言葉の意味を。
オレは何も分かっていなかった。
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