グリレ

□言ってほしい
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オレはレッドという人物と、幼馴染みで友達でライバルで、恋人という関係を持っている。

それもう運命の相手じゃないですか、とオレ達の事を知ったヒビキからは笑い混じりに言われた。
幼馴染みから始まって、年や会話を重ねると関係が少しずつ増えていった。更に仲良くなれた証明みたいに。

幼馴染み、友達、ライバル、恋人。
オレ達以外にこんなに関係を抱えた奴らを聞いたことが無い。それだけ異色だって事は判るが、どの見方でも一番しっくり来たのがこいつだったんだ。関係を増やさざるを得ないだろ?
だからヒビキのいう通り、運命の相手なのかもしれない。
立場は一緒だし、レッドもそう思ってくれている筈だ…多分。
つまり運命の相手、レッドとの心の距離はめちゃくちゃ近い方だと思うんだけど。


(…想像つかねえな)

透けてる頭をフルに使って考えてみるが、オレが死んでるこの状況にアイツがどう反応するかは全く未知の領域だった。

レッドの普段の態度を、一文字で表すとしたら「無」だ。無口、無表情、そしてポケモン以外は無関心。無感情までだと涙が出そうだから考えたくない。そんな奴の予期しない場合の行動なんて、どうやったって予測出来なかった。

オレの手持ち達みたいに泣くかもしれない。
やはり無表情かもしれない。
分からない。

だけど、これだけはハッキリしている。

自分の無い胸が痛くて堪らず、左胸を手で押さえ付けた。鼓動もしてねえのに、レッドが来ると思うだけで戦慄く。

もし同じ立場になったとして、オレがレッドの死体を見つけたら泣くだろう。
泣くなんてもんじゃない。喚き散らしてレッドに死ぬなよと抱いてすがって、最終的に腐人になる。
そんなのを、オレはあいつに見せようとしてるんだ。
自分が嫌な事は相手にもしないって、じーさんとやっと約束した所だったのに。

あいつがどう反応するかは分からない。だけどこんな姿を、恋人に見せたいと思う程オレは悪趣味じゃない。
レッドがここにやってきて、無表情で無関心に見下ろされるのも。
恋人として、表情を変えて泣かれるのも。
オレはどちらも嫌だった。

どの見方にしても、いい反応が浮かんでこない。
オレは、オレがいなくなった状況の、レッドの内心を知るのが心底怖かった。レッドに会う事を恐怖に感じたのは、初めてだった。


俯いて立ち竦むオレの横で、手持ち達は統率を失い、どうしたらいいのか分からずパニックになっている。


「おまえら、静かにしろ!」


顔を上げて一喝するが、手持ちの5匹は相変わらず倒れた方のオレに夢中だ。
どうする訳でも無くオレの周りをぐるぐる回って、叫び声を増している。幽霊なオレの指示なんかに効果はない。

こんなに騒いでいたら野生の奴等が来ちまうっつーのに。来たらこんな状態な上に指示が無いこいつらはどうなる。
クソ、と舌打ちすると同時に先程去っていった足音が耳に入った。
遠かったその音はあっという間に近付いて轟音になる。凄ぇスピードだ。

戻ってきたウインディは雪を蹴散らし、倒れたオレの目の前で急停止した。
足の爪が所々剥げて赤くなっている。足元見ずにつっ走りやがったな…馬鹿。

覚悟を決めて、足元からおそるおそる顔を上げる。

視線の先で、風に帽子を押さえるレッドが、ウインディに跨がっていた。

やっぱりこいつを連れてきたんだな、ウインディ。
どんな風に連れて来られたんだろう、顔は帽子のつばが陰影になり表情が分からない。

「…レ」

レッド、と名前を言うより先に、レッドの身体はウインディから跳んだ。
真下にいたオレは、ぶつかる、と咄嗟に身構えたが、衝撃も暖かい肌の感覚も匂いも何も無く。

レッドはそのままオレの体を通り抜けた。

残像を見ながら、丸くなる瞳で追うように振り返ると、レッドは後ろに着地して、倒れたオレの顔を覗き込むところだった。


「…見えないのか」

やっぱり、お前も。
オレは、ぽつりと声を落とした。自分で思ったよりも震えた声が出た。
手持ち達の反応でこうなるのは予想出来てた、分かってた事なのによ。

好きな人が透き通って抜けたその事が、もう触れなくなった事実が、ナイフで心を抉られるくらい痛かった。

レッド、オレだ。
オレに気付いてくれよ。

そう駆け寄って言ってやろうかと思っていたのに、足を出しても雪を踏み締める感覚は無くて、それ以上踏み出せなかった。

レッドは膝を雪の上につけて、栗色の髪に片手を落としている。青白い顔をしたオレの反応はない。
オレをじっと見てるその顔は深く伏せて、黒髪が邪魔で見えない。
近寄る事も出来たけど、幽霊のオレへの反応も、倒れてるオレへの反応も怖いオレは動けなかった。
固唾を呑んでるオレを無視して、我を失った手持ち達が何かを訴えるようにレッドを取り囲んでぎゃあぎゃあ叫んでいる。


「おい、お前ら…」

全員落ち着け、そう言いかけて気付いた。
急に、喉から声が貼り付いたように出てこなかった。金縛りにあったみたいに。
おかしいよな、オレは幽霊で、金縛りにさせる立場なのに。
動かせない体で、瞳だけちらりと視線をずらすと、取り囲まれた真ん中に屈む、その華奢な後姿からは考えられないような圧力のある張り詰めた空気が、レッドから滲み出ていた。

オレの髪に手を乗せたまま、伏せたままのレッドの口元が小さく動く。


「…全員、落ち着け」


響いた、凍り付くようなその鋭く低い声に、魂だけのはずのオレも、電極を当てられたように動けなくなった。あれだけ騒がしかった手持ち達は、動きを止め、しん、と一瞬で静寂する。

「…まずドサイドン、雪崩になるから足踏みしないで。ナッシー、念の為崖下に根を張って雪を防いで。フーディン、雪の上じゃ体温が下がるからグリーンを念力で浮かせて貰える?カイリキーは散乱してる荷物を拾って。ピジョットは、グリーン乗せて飛ぶ準備。僕は頭の傷の止血するから」

始めて、というとオレの手持ちは弾かれたように一斉に動き始めた。
まるで、王と兵みたいに。
呆気に取られてるオレを無視してレッドは更に腰から5つボールを投げると、全員手助け、とだけ伝える。
聞き分けの良いレッドの手持ち達は、それだけで各々散った。


「…お前、オレの声聞こえてんの?」

棒立ちするオレの方を見もせずに、レッドは上着を脱ぐと、寝てるオレの頭に優しく当てた。赤い半袖の上着はすぐに赤黒く染まって、オレの傷の深さを物語っている。
黙々と作業に当たるその顔は無表情で、一先ずオレの頭を止血してターバン頭にさせると、おすわりの体勢で待機しているウインディに顔を向けた。相変わらず足の爪が割れていて、傷薬をつけてやりたい。

「…ウインディはこっち。グリーンを暖めて」

声に、ウインディは腰を上げるとゆっくり寄ってきた。レッドは徐に自身のポケットに手を当てると、携帯用ポケモン傷薬を取り出し、片手でウィンディの足元に吹き掛ける。

「…グリーンに心配されるよ」

くぅん、と悲しい声を上げたウインディにレッドは首毛を優しく撫でた。
口先で微笑みながら、レッドは呟く。


「…ボルテッカー」


閃光が走り、今にも食いかかりそうな体勢でレッドの背後にいたリングマが、動きを止めてその場で崩れ落ちた。
どこに待機していたのか。
黄色い小さな塊が、崖上に身軽に降り立つのが見えた。

振り返りもせず、レッドは。

12匹同時に指示を出していた。
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