グリレ

□言ってほしい
1ページ/8ページ

オレがいる。
厳密に言えば、オレの目の前にオレがいやがる。

何冗談言ってんだと、笑われそうな事を考えているのは認めよう。

でも仕方ねーだろ。
今のこの場景に、それしか思い付く言葉が見つからない。


「……………………オレがいる」

脳内を復唱してみても、事態は何も変わらなかった。

目の前にこのオレ、グリーン様が。

崖下の積もった雪の上に横たわっていた。



おいおい、こんなカッコいいそっくりさんよく見つけてきたなぁ!マネキンか?
その辺に隠れてるだろう仕掛人に、そう言ってやりたい。突然ドッペルゲンガーに対面するドッキリなんて、いかにもありそうだ。行き倒れたポーズで待ち構えてるのは悪趣味だけどな。
目を丸くして驚いてるオレの反応を見て、クスクス笑っている姿も容易に想像出来る。

だけど悲しいかな、今いる場所はシロガネ山の中腹だった。
息が詰まるような激しい雪と風に加えて、猛獣みたいな野生のポケモンだらけのこの場所。

ドッキリでした!と書かれたボートを持った仕掛人は、いつまで待っても現れないだろう。「ジムリーダーへのドッキリ大成功!」と笑うシーンの背景を、わざわざこんなクソみたいな僻地にする理由が無い。


つまりドッキリじゃなく、この夢みたいな事態は歴とした現実みたいだ。



オレは眼下で微動だにしない彼をじっと見据えた。

と、なれば懸念は当然、目の前のイケメンに移る。
人が倒れてるってだけで一大事なのによ、こいつはなんなんだ?
オレみたいな栗色の髪、オレの着てきた服、オレの顔…。足は…んん、上から見るとより長く見えるな。
どう見てもオレだ。朝の洗面台の鏡から出てきたのか?
いつもみたいに真正面でオレの真似をせずに、体をくの字に曲げて寝ている。
降る雪が付いた横顔は、目を瞑りピクリとも動かなかった。顔色は血の気が引いて顔面蒼白。風を受けて髪や服が靡いている。今日は周りの枯れた草木が軋むような風の強さだから寒そうだ。

…寒そうだ、という曖昧な表現の理由は、つっ立って見下ろす方のオレは、寒さも風の強さも全く感じないからだ。
防寒着を着込んで山に来たからな、と自負したい所だが、どうもそうなりそうにない。

視線を更に下ろすと、足先からオレの体は全身が透き通り、吹雪く風はオレを貫通している。
つまり立っているオレは、半透明だった。
そのおかげなのか感触や温度を感じない。

はははこれなら雪山でも防寒着いらねーなぁ、なんてくだらねえ考えはどうでもいい。
もっと強烈に浮かぶ不吉な考えを確信させるように、眼下で寝てるオレの後頭部からは嫌なモンが見えている。



頭の後ろから、血が放射状に雪の上に広がっていた。


…以上。この事態を見て、思うことはただ1つだ。



「…オレ、死んだ?」

よく見りゃ足が地面に付いていないゴーストタイプなオレは、そう言うしかなかった。


今日は天気悪ぃな、そう思いながらレッドの洞窟を目指していた。
明るいうちに着きたいと思っていたのに、いつの間にか分厚い曇天が空を覆って、昼間なのに辺りは真っ暗になっちまった。
天気は快晴って予報だったから、昼前に出発したっつーのによ。もうすぐ夕方になる今、まだ半分くらいしか山を登れていない。
ここから時間がかかるなら、危ないし下山するしかねえ。
これでも時間を割いてここまで来ている。せっかく会いに来たし、そうなっちまうのは惜しい事だった。
悩んだ末、ちょっと近道しよう、そう思っていつもと違う傾斜が強い道へ鍔を向ける。
ここが、運命の別れ道だったらしい。
ロッククライミングのような斜面を見て躊躇したが、レッドに会う為だと足を踏み出した。
崖っぷちみたいな場所を這って登っていく。
頭上に開けた空間が見え始めて、もうちょいで着くな、と安堵して次の石に手をかけた瞬間。
岩に埋め込まれてた石が外れた。浮遊感の後、大きい衝撃。意識と視界が暗転した。


「…やっぱ、死んでんな。これ」

最新の記憶を思い出し、オレは空中で胡座をかいた。
そこからオレと体面した記憶から始まってるから決定的だ。倒れてるオレの真横に、頭をぶつけるのに最適な位置に岩もあるしな。…血がついたやつ。
落ちた時、地面に埋まったこの岩に頭がぶつかって、致命傷になったんだろう。
ついでにぶつかった衝撃で、中身と本体が分離しちまったらしい。

つーわけで、寝てる方は本体で、今のこのオレは幽霊てとこみたいだ。
今も重力関係無しに身体がふわふわと浮いていて、魂だけの存在らしい。

痛みも何もなく、いきなりこの状態に放り出されたので、死んだという現実味がまるで無い。

「……マジで…?」

呆然とするオレに、ひゅうと強い風が抜けた。
視界の端で、強く揺れる髪の横でモンスターボールが不規則に揺れている。

「?」

よく見れば、投げ出された手の横で転がっていて、そういや死ぬ直前、ボールを投げようとしていたんだった。身が岩壁から離れた瞬間、やべえと思って腰のボールを掴んだ所までは記憶にある。
すぐ暗転したので、投げるのは間に合わなかったけど。

顔を近付けて見ると、オレの手から零れて、ボールが激しく動いている。中から出たかっているのだろう。

「よっ。…あークソ、ダメか」


ボールを手に取ろうとしたが、ボールをすり抜けて、手は空をきった。繰り返して何度もやるが、結果は同じ。
風がすり抜けてる時点で予想はしていたが、今のオレは、何も触ることが出来ないらしい。
散々素振りをした後、浮かせていた体を地面につけて、必死に出ようとするボールにしゃがんで覗き込んだ。

「…わりぃ」

ボールから出してやれそうにないんだ。
そう謝ると、願いが神様に届いたのか、風でコロリと転がったボールは、オレの白くなった手に接触した。

開閉ボタンが当たり、ぼん、とくぐもった音の後、ウインディが登場する。
お前だったのか。無我夢中で掴んだから分からなかったぜ。

「…おい!分かるか!?オレだ!」

オレは思いきり叫んだ。
出るなりウインディは寝てるオレの顔を覗き込み鼻先を付ける。浮かんでるオレはウインディの顔の前で、話かけてるのに。
いつも合わせていた筈の目は、目の前のオレを認識しなかった。

「…見えてねえんだな」


声も、同じだ。自分に反芻しただけで、瞳孔がみるみる開く相棒に発した声は、何も聞こえてはいないようだった。
オレの顔を嗅いだ後、ウインディは鳴いた。聞いたことが無い悲しそうな声で、絶叫した。

ああ。
頼むからそんな顔すんなよ。
そっち寝てるけど、一応起きてるオレが目の前にいるぜ。
ほらほら、と手を顔の辺りで揺らすと、暖かった筈の首毛に手が透けて抜けた。
ウインディは咆哮後、直ぐにオレの体を鼻でまさぐり始めた。腰に顔を当てると、ベルトに付いたボールをぐいぐい押す。
緊急事態だ、と知らせるみたいに。

出てきた5匹はみな同じ反応をし、みな同じ声で鳴いた。

「…悪い」

オレを取り囲んで見下ろす一匹一匹に、それしか言えなかった。
誰も、浮かんでる方のオレを見ず、下を見て泣いている。

死ぬって、こういう事なんだな。

現実味が沸かなかったけれど、こう誰とも目が合わねえと、さすがに実感する。カイリキーなんて、お前そんな表情出来たのかよってくらい、悲痛な顔をして泣いている。フーディン、お前まとめ役だろ。スプーン両手落としてないで、みんなを元気付けてやってくれよ。ほら、ピジョット、そんなに羽ばたいたら毛が抜ける。ナッシーお前、顔の表情統一出来たのか…。ドサイドン、頼むから地団駄すんな。

みんな、オレの脱け殻を見ていた。
オレがいなくなったら、こいつらは一体どうなるんだろう。
手持ち達を出し終わると、ウインディは突然体を翻した。
顔を向ける頃には、雪埃をたてて吹雪の霞に消えていく。

どこ行ったんだ?そう思ったが、向かった方角で気が付いた。


レッドのいる方だ。

心臓が、どくりと鳴った気がした。身体がないから気がしただけだけど、確かに胸が痛む。


アイツがここに来たら。
アイツは、どんな顔をするだろう。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ