そして鷹はペンギンになり翔ける
□化学変化
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「やっほ〜灯真ちゃん!お疲れさま〜!」
そして試合終了後、なんともやっかいな人に捕まってしまった。
こんなことならトイレに行くんじゃなかった。数分前の俺、絶対にトイレに行くな。
「…お疲れさまです」
「やだー俺ひょっとしなくても嫌われてる?」
少しぶっきらぼうに返せば、ヘラヘラと返される。全く効いてない。この人メンタル強いな。
「灯真ちゃん、俺のこと知らないデショ?」
「まぁ…はい」
「だから自己紹介しに来たんだ〜」
「はぁ…どうも」
色々とツッコミたいことはあるが、とりあえず黙って流しておくことにした。
曖昧な俺の返事に、及川さんは「うわぁ、興味なさげだネ…」と苦笑いで額に手を当てる。
「じゃ、改めて。俺は及川徹。青城の主将やってて、今日はピンチサーバーだったけど、普段はセッターやってるの」
「はぁ…で、及川さん、なんで俺のこと知ってるんですか?北一と練習試合した時いませんでしたよね?」
まず聞きたいのはここだ。
なんで俺のことを知ってるのか。
「あー!徹!徹って呼んでよ!」
「お、い、か、わ、さ、ん」
話をはぐらかされ、少しイラつきながら促せば、「しょうがないなぁ」と溜め息を吐かれた。
溜め息つきたいのはこっちだ。
「月バリで見て名前は知ったよ。実際灯真ちゃんを見たのは、トビオちゃんと試合してたとき」
「…そうですか」
「その時にね、灯真ちゃんがあまりにも綺麗に翔んで、力強く打ち抜くところを見て『この子のスパイクに繋げたい』って思ったんだ」
「ありがとうございます?」
「はは、なんで疑問系なの。ねぇ…ほんとに青城に来る気ない?」
「ないです」
スッパリと速答すると、及川さんの顔が少し引きつる。
「今日の灯真ちゃん見てたらやっぱウチに欲しいって監督も言ってたよ?」
「知りませんよ…何回も断ってます。そもそも及川さん―――――なんで俺の靭帯治ってるって知ってるんですか?」
俺の問いかけに及川さんはグッ、と黙り込み、困ったような顔をする。
「………茜ちゃんだよ」
及川さんの口から出たのは、予想しなかった人物の名前。
「なんだっけ…えっと…高久(たかひさ)茜ちゃん」
「茜…?茜と知り合いなんですか?」
「俺の彼女の友達でね…灯真ちゃんのこと知りたいって言ったら、教えてくれた」
高久 茜。
中学時代に付き合っていた、彼女の名前。
「灯真ちゃんが翔べない理由、茜ちゃんから聞いたんだ。あ、勿論俺から聞いたことだし、茜ちゃんにも『人に言ったら月バリに徹くんの変顔写真送ります』って脅されたからね。茜ちゃんこわいから、そんなことしないよ」
「……茜、元気ですか」
「ん?うん、灯真ちゃんのこと嬉しそうに話すくらいには」
「そう…ですか」
言葉に詰まる。
何も言えない。
部活に潰されながらも過ごした茜との時間は楽しかった。
別れたのは俺の勝手な理由だった。
靭帯の損傷をして、翔べなくなった俺は、靭帯再建の手術をしてリハビリを重ね、スポーツ可能にまで回復した。
また戻ってきた俺を、皆あたたかくむかえてくれた。
また翔べる、そう思ったのに、
俺の足は震え、動かなかった。
翔べなかった。
『「また跳んだら靭帯を損傷するんじゃないか」って気持ちが足にセーブをかけてる状態だね。軽い…トラウマ?みたいなものね。患者さんにはよくあるわ。精神的な問題だから、自分でなんとかしないと治らないわよ』
と病院の先生は言った。
俺は何度も何度も跳ぼうとした。翔べなかった。
俺にはなにも残ってない。
そんな気持ちだけが残り、部活も俺だけ早めに引退した。
茜はいつもいてくれて、跳ぼうとする俺と一緒に一生懸命考えてくれた。
だけど茜という存在がいれば、甘えてしまう。
だから俺は茜に別れよう、と話した。
『自分一人で、これを治したい』
茜はいつものように柔らかく笑って「がんばれ」と一言告げて去り、俺と茜は別れた。
茜と別れてからは一人でずっと考えて、跳ぶ練習をした。
一人という過酷な状態だからか、高校に入る頃にはジャンプサーブが出来るくらいになった。それでもまだブロックとスパイクは出来ないまま。
いっそ諦めれば楽になれるのに。そう分かっていても、バレーを諦めることは出来なかった。
結局ズルズルと、翔ばずにリベロなんてしているから笑ってしまう。
この意気地無し、と。
楽なほうに逃げてるだけ。
茜は今の俺を見たら、叱ってくれるのだろうか。
いや、彼女ならきっといつものように柔らかく笑って、
「灯真、私も一緒に考えるからさ、頑張ろうよ。灯真なら翔べるよ。」
って言うんだろうな。
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