amnesia(long)

□03>はじめまして
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「...んで、及川君を引き取ると」
「引き取るって...他に言い方あるだろ」

数日後の仕事終わり、俺は溜め息をついた。
川澄がくわえていた箸で俺を指す。
が、行儀が悪いので下げさせた。

来ているのは会社の近くのラーメン屋だ。
あまり旨くないとは言っていたのだが、
それ以外はイタリアンなんかしかないし
野郎2人でそれはかなり滑稽だろう。

「んでいつ退院なワケ」
「明日だよ、会社休むって課長には言った」

ふーん...と川澄はラーメンをすする。

結局、及川が入院したのは2週間だった。
その間に俺の住むアパートは解約済み。
いらない家具もリサイクルに売っぱらって
今は及川の住んでいた部屋にいる。

多少は会社との距離も遠くなったが
元々住んでいた所に戻る方が、アイツ的
にも何か思い出すきっかけになるかも...
と思った時には部屋を解約していた。

「俺、やっぱ考えるより行動派なんだな」

ポツリと呟けば川澄が吹き出す。
隣に座っていたサラリーマンが訝しげに
俺達を見たので、そっと目線をそらした。

「ぶっ...お前...っ、今更かよ」
「おうおう、悪かったな」

川澄があまりにも笑うので俺がヤケで
雑にラーメンをすすれば、肩を震わせて
途切れ途切れに謝ってくる。

「や、でもそんな岩泉がいいんじゃん?」

ハッと笑い飛ばせば川澄が苦笑した。

「そんくらい勢いあった方が、及川君に
とってもいいんじゃねーの」

俺は一瞬ラーメンをすするのを止める。
が、すぐに食べ始めると川澄はクックと
また笑って自身も箸を進めた。
...まったく、妙にカンが鋭いんだよ。

と、ポケットに入れていたスマホが鳴る。
着信か......非通知?

「悪ぃ、ちょっと電話」
「おう」

この御時世では、もう滅多に見なくなった
非通知からの着信に俺は怪しみながら
応答ボタンを押して耳に当てた。

「......もしもし」
「あっ、ぃ...岩ちゃん?」

聴こえた声に俺はホッと胸を撫で下ろす。
何だ及川か、病院の公衆電話だな。
そういや及川が記憶喪失になってから
電話かけてくんのって、何気に初めてか。

「どーした、なんかあったか?」
「や...ごめんね、そういうわけじゃ」

ないんだけど...と続ける及川の声が消え
そうに小さかったので俺は首を傾げた。
そして、やっと納得した。

俺は食べかけのラーメンの横に1000円札
をポンと置いて川澄に右手で謝る。

「埋め合わせはまた今度、悪ぃな」
「え...あっ、おい、岩泉?!」

席に置いたカバンとコートを雑に掴んで
店を出ると、後ろから川澄の声が俺を
呼んだが無視して道路脇に走った。

「今まだ8時半だな......よし、待ってろ及川」

俺はやって来たタクシーに手を上げる。
そして電話を切ってから行き先を告げた。

「大宮病院まで、ちょい急ぎめで」
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