amnesia(long)

□03>はじめまして
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別にあいつを養うのは苦じゃない。
それなりにちゃんと社会人やってる。
まぁ、少しは余裕も無くなるだろうけど
金銭的に2人で暮らすのに不足はない。

唯一問題点を上げるなら、俺...かな。

物心ついた時から及川はいつも横にいた。
ヘラヘラして俺から離れなかった。
かと思ってれば、色んなモン背負いこんで
勝手に1人で突っ走ることもあったな。

だから俺としては気が気でなかったし、
及川には俺が必要だと思いこんでいた。

及川は何でも1人で背負い込むから...
俺がいないと、アイツは折れる...
とか、まぁ恥ずかしげもなく。

「ま...依存してたのは俺か」


ガーッと病院の自動ドアが開く。
及川の事故から1週間が経ったからか、
もう外はすっかり寒い冬の到来だ。
流石に巻いたマフラーを口元まで上げる。

病院から俺の住むアパートまでは地下鉄
5駅分という、まぁまぁな距離。
俺は病院のすぐ側に止まっていたタクシー
の窓をコンコンと人差し指で叩いた。

「アパートランサーズまで」

一言告げれば、扉が開いて走り出す。
俺は窓の外をぼーっと見つめた。
と、運転手がラジオをつける。

「お客さん、疲れた顔してますねー」
「えっ、あぁ...そうですか?」

運転手が控えめに肯定して少し笑う。
今日も仕事終わりだったしな...
この生活ももう1週間が経ったし。

「...親友が記憶無くしたら、どうします?」

ぽつりと呟いて、自分で驚いた。
こんなこと人に聞いてどうすんだか。
運転手はバックミラーで俺を覗き見る。

「もしかしてご友人、病院に?」
「あー......はい、幼馴染みなんです」

そうですねぇ、と運転手が微笑んだ。

「あなたとご友人の仲、良かったんでしょ?
それなら記憶が無くなってしまっても
また良い友達になれると僕、思うんです。
どんなにあなたのことを忘れてしまっても
ほんとに仲の良い人達っていうのはね...
絶対に、また惹かれ合うんですよ」

俺は、あ...と情けない声を漏らす。

「...また、惹かれ合う?」
「僕の持論ですね」

フフフと恥ずかしそうに運転手が笑う。

俺的には、もう吹っ切れた気でいた。
でも、そうじゃなかったのか。
そっか...俺が執着してたのは今でも。

「昔の及川、だったのか」

何かに気付いたような俺を見ると、
運転手は柔らかな目線を向けて微笑む。
が、無言で車を走らせる彼。
その優しさに思わず胸が熱くなった。

「何か、気付かれたんですね?」
「......今のアイツを、受け入れる」

呟いて、車がゆっくり止まった。
気づけば俺が住むアパートの玄関前。
俺は慌てて財布を取り出した。

「ありがとうございました」
「あぁ、お客さん待って」

お金を払ってタクシーを降りようとすると
運転手がダッシュボードを探りながら
俺が降りるのを引き止める。
そしてニコッと優しく微笑みかけた。

「これうちの会社の電話番号と僕の名前ね」

渡されたのは名刺サイズのカード。
...安澤さんか。
車内が明るくなったところでよく見れば
俺とそうと歳は離れていないようだ。
30代前半...といったところか。

「病院帰り電話くれれば迎えに行きます。
僕で良かったらお話聞きますよ」

その言葉に、俺はまた胸が熱くなる。
こんな見ず知らずの人の他愛もない一言が
俺のモヤモヤをすっ飛ばしてくれる。

俺は大切にカードをスーツに仕舞う。
そして軽く頭を下げた。

「明日また、お願いします」

そう言って車を降りるとドアが閉まり、
タクシーは夜の町へと消えていった。
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