amnesia(long)

□02>タチの悪い
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受付を終えて息を切らした俺が通された
のは手術室の前の長ベンチだった。
タクシーに乗っている間は何も考えられ
なかったが、ドラマと同じように手術室
前に通されて段々と自覚が湧いてくる。

「はぁ......」
「岩泉」

近づいてくる足音に顔を上げると、
そこにはコートを着込んだ花巻がいた。
俺の隣に腰を降ろしコートを脱ぐ。

「久々だな、顔死んでんぞ」
「さっきは焦っててスマンな」

花巻が、いいよと苦笑いする。
大学は別々だったし、東京で働いている
と知ったのもお互いつい最近だった。
呑みに行こうと言っていたのに、やっと
会えたのが及川の手術室の前とは...

「もう大丈夫か?」
「あぁ、何とか落ち着いた」

俺は大きく溜め息をついたが、花巻は
終始落ち着いている雰囲気でいてくれて
そのおかげで落ち着くことが出来た。

と、手術室のドアが開く。
花巻は視線だけ、俺は少し腰を浮かすと
中から1人の医者が出てきた。
そして俺と花巻を交互に確認する。

「岩泉さんと...ご友人ですか?」
「あーはい、及川の友達です」

了解した様子で医者はカルテをめくる。
どうやらまだ手術は終わってないらしい。
閉まる直前のドアから覗く手術室では
慌ただしく動く看護師が見えた。

「及川さんなんですが...会社にいたところ
脚立から落下、頭を強打し出血した上に
大量の段ボールで全身を打たれてます」

頭打って...出血?
俺がしばらく言葉を失っていると、花巻は
それで、と会話を続けてくれた。
医者は少し難しい顔をする。

「普段出入りの少ない倉庫だったらしく
発見に時間がかかったので、まだ何とも」

ストンと俺はベンチに腰を落とした。
花巻も、医者の言葉に口を噤む。
まだ何とも...ってことは、もしかして結構
ヤバイってことでいいのか?

「我々も全力を尽くします」
「...お願いします」

医者がお辞儀をして手術室に戻るのを、
花巻は俺の代わりに見送ってくれる。
俺はただボーッとベンチに座っていた。

隣にまた座った花巻が、背中を叩く。
言葉はかけられなかったが、花巻の表情
を見て何となく言いたいことは分かった。
今は隣に誰かいるだけで助かる。


俺は、手術が終わるまで色んなことを
思い出したり考えたりしていた。

そういえば高校2年のバレンタインで
及川が大量の手作りチョコもらった時に
部活前に食べて腹壊してたっけ。
んで、それからは手作りのモンは部活前に
食べなくなったんだよな。

俺と及川が大喧嘩した時には、花巻と
松川が裏で色々やってくれて結局、
2人のおかげで仲直り出来たのもあった。

大学に入ってから及川の隣にはいっつも
違う彼女がいたもんだから、しばらく
アイツのこと嫌いだった時期あったな。
俺がちょっと距離置いたらパッタリ彼女
作んなくなったこともあったか。


「岩泉、大丈夫か?」

ふと、花巻に声をかけられる。
俺はフッと自嘲した。

「俺、葬式で考えるようなこと考えてたわ」

俺がそう言うと、花巻も苦笑しながら
俺もそんな感じと言った。
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