amnesia(long)

□02>タチの悪い
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『岩泉さんですか?』
「あぁ、はい...そうですけど」

及川の家の鍵を開けたところで掛かって
来た電話に出ると、聞き覚えの無い声が
何故だか俺の名前を知っていた。

『こちらは都立大宮病院です』
「は、病院...?」

俺は部屋に入ろうとした足を止める。

『及川徹さんが緊急搬送されてきまして
その際持っていた携帯での最後のやり取り
が岩泉さんでしたので、連絡しました』

......は?

ドアノブを掴んだ手がするりと抜ける。
ドアが閉まり、カバンが落ちた。

なに、及川が緊急搬送?
緊急搬送て...交通事故、とかか?
足に力が入らなくなり地面に座り込む。

『岩泉さん?大丈夫ですか?』
「え、及川は...」

聞きたいことはたくさんあるはずだが、
急に知らされた緊急搬送という単語に
頭の中がグチャグチャで整理がつかない。
電話越しに落ち着かせる声が聴こえる。

『御家族にも連絡しましたが、東京には
いらっしゃらないということで、今から
来て頂いてもよろしいですか?』

掠れた声でハイ...と返事をすると、
受付はどこだの及川は手術中だなどと
言われたが正直まったく頭に入らない。
俺は電話を切るとカバンを持った。

「とりあえず...行くか」

力の入らない足で立ち上がると、フッと
目から涙が自然にこぼれた。
嗚咽は出ず、ただ涙だけがこぼれる。

や、フツーに昼までLINEしてたじゃん。
今日はカレーだとか言ってたじゃん。

俺はスマホに指を滑らせた。
電話帳を開いて、は行をスクロールする。
そして懐かしい名前に発信する。

階段を降りながらスマホを耳元に当てると
ぷつっと回線が繋がった。

『おう、どした岩泉』

電話した相手は高校時代、一緒にバレー
に青春を懸けていた花巻。
久々に聴いた声に、少し安心した。
俺は足りない頭で必死に事を整理する。

「あの、及川が...緊急搬送されて」
『......は?』

花巻の返答は、さっきまでの俺と全く
同じ感じでしゃべらなくなった。
花巻の声を聴いた途端、せき止めていた
何かが壊れるように感情が出てくる。

「お、俺...どうしたら」
『とりあえず落ち着け、な』

俺を宥めようとする花巻の声は、何だか
しっかりとしていて安定感があった。
しかし俺は涙をこぼしながら焦る。

「及川が...緊急搬送って、俺どうしよう。
手術中って、何起こったか分かんねぇし」

一呼吸おいて花巻が声を大きくした。

『まだ何があったか分かんねぇなら
そんな取り乱すな、死んでもあるまいし』

その言葉に、流れる涙が止まる。
電話越しには花巻の溜め息が聴こえた。
そしてゴソゴソと何か物音も。
よく聴けばバックには何人かが指示を
出し合う声が聴こえるから、まだ会社か。

『俺もこれから行くから、大宮病院か?』
「...あぁ、ありがとう...花巻」

落ち着けよ、というセリフを残して花巻
から電話は切られて、俺は涙を拭いて
走っていたタクシーを捕まえた。
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