amnesia(long)

□01>日常
4ページ/10ページ


「お釣り340円のお返しです」

俺はお釣りを貰おうと手を伸ばす。
すると高校生バイトと思わしき女子が
あからさまに俺の手を握った。
そして営業スマイルなのか、それとも...
俺に気があるみたいな笑顔を浮かべる。

「あ、ども...」

俺はお釣りを受け取り、買い物カゴを
持ってそそくさとレジを離れた。
この時間によくこのスーパーを使うからか
最近あの店員との距離が近い気がする。

...別に俺は女子高生に気があるわけでも
ないし、ましてやレジを通してしか会って
いない女の子に気があるわけでもない。

エコバッグに買った物を放り込むと、
俺は溜め息をついてスーパーを後にした。


疲れてるだろうし、今は秋から冬への
季節の変わり目...鍋でも用意しよう。
それならアイツが前ハマってたトマト鍋
にして、帰ってきたら温めてやろう。

そう思って鍋の食材を買った訳だ。
今は21時少し前...都心から少し離れた
ここら辺は、そこまで都会の雰囲気もなく
外を歩くのも学生やサラリーマンなど、
ごく数人で落ち着きがある。

「...っと」

及川の住むマンションの階段を昇り、
3階、302号室の前にエコバッグを置く。
そしてカバンを探り、鍵を取り出した。
この鍵は上京してお互いの新居が近いこと
もあって合鍵を交換し合ったものだ。

ガチャリと鍵を開けて玄関に入ると、
真っ暗い空間の中、何足かの靴が見えた。
電気を付けたがやはり誰もいない。
まぁ...誰かいた方が問題なのだけれど。

「お邪魔します」

一応そう言ってしまうのは、もはや癖だ。
誰もいない家なのだし、ましてやここは
及川が1人で住んでいる家...分かっては
いるが何となく未だに挨拶はしてしまう。

リビングの戸を開けて電気を付けると、
まるで生活感の無い部屋が明るくなる。

ゴミ箱には全然ゴミが入っていないし
部屋にはあまり物が無いし片付いている。
あまりにも生活感を感じられなくて、俺は
渋い顔をしながら頭をガシガシかいた。
...前来たのって、かなり昔だったか。

キッチンの冷蔵庫を開けると、中には
ほとんど食材などは入っていない。
入っているのは、缶ビールや冷凍食品...
後はスーパーの惣菜や調味料のみ。

「アイツ、何食ってんだ?」

その疑問はすぐに解決した。
キッチンのゴミ箱には大量のカップ麺。
棚には錠剤サプリメントの数々。
思わず頭を抱え溜め息をつく。

「...想像以上だったな、こりゃ」

俺は堪らずリビングのテレビを付けた。
すっからかんの部屋に、芸人の笑い声が
響くだけで心にゆとりが出来る。
やるせない気持ちでエコバッグから野菜や
肉類を取り出してキッチンで手を洗った。

...これからは少なくとも週1で来よう。
じゃないとアイツいつか倒れるわ。
あんなガタイのいい高身長がサプリメント
なんかで栄養とれる訳ねぇんだからよ。

「鍋はー...っと」

棚から取り出した鍋は、埃を被っている。
これは上京した頃に2人で買いに行った。
一緒に鍋しようねーとか言ってたくせに
今じゃ埃を被らせて棚の奥とは...
お前も報われないな、鍋よ。

俺は腕まくりをして、まずは鍋を洗う
ところから調理準備は始まった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ