どり

□拝啓、きみ 〜手塚ver〜
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1.忘れられない

プロとして活躍し始めてから数年。優勝も時々するようになった。そして勝つようになってから、悩みも増えた。

今の一番の悩みは、日本に帰れないということ。今日は中学の同窓会。懐かしい友人と会いたいと思うのに、時間がなくてそれを許してくれない。

「どうしたんっすか?」

小さく息を吐くと、同じくプロとして活躍している越前から声をかけられた。それに苦笑して今日、同窓会があることを伝える。

「ああ、そういえば桃先輩が言ってたっすね。先輩達の同窓会が終わった後、河村先輩ん家でテニス部が集まるから帰ってこれそうだったら来いって」
「ああ。滅多に会えない奴らだからできれば帰りたかったんだが…」

そう言うと越前は苦笑しながらそれは無理っすよと言ってきた。

「分かってる。試合が近いんだ。休んでる暇はない。だが…」

会いたいと思うのはしょうがない。それに越前は苦笑したまま同意してきた。

「そうっすよね。俺も会いたい人いるんっすけど…」

そう言って寂しそうな表情になる越前が今思い浮かべている人物を考える。中学のときから、一生懸命に越前を応援していた人。俺でもすぐに越前が好きなんだと分かるほど、素直な子だ。

彼らが付き合いだしたのは俺がドイツに行ってから1年ほど経ってからだと思い出す。その年月の長さに気づいて感嘆する。

「お前らは付き合い長いな」
「そうっすね」

頷きながら苦笑する越前。少し照れも入っていると気づくようになったのはいつからだったか…

そうやって考えていると、不意に越前が挙げた人物に驚く。

「そういえば、部長も付き合い長いっすよね。噂されていた人と」

それだけでその人物が誰だか分かる。俺と付き合っていると噂されていた人は1人しかいない。そして今も付き合いがある。だが、それは友人として。

「あいつか。まあ、付き合いは長いが、それは友人としてだ。あの頃の噂はただの噂で、実際全く付き合ってなかったぞ」
「みたいっすね。なんか不二先輩と乾先輩が言ってたっす。あの二人は似てるから接しやすいんだろうって」

その言葉に苦笑する。確かに似ている。仲良くなったきっかけからして…


好きな人がいた。でもその人は彼氏がいて、俺の想いは彼女に届かないと知っていた。

あいつも俺と同じで、好きな人に彼女がいて、諦めるしかないと知っていた。それを互いに知って、それから愚痴のように相談しあっていた。どうすれば諦められるんだと…

互いにその想いを忘れられなくて苦しくて…そして逃れるようにキスをしたのは卒業の少し前。そのときのことは未だに忘れられない記憶として、鮮やかに残っている。

なぜ、忘れられないのか。最初は後悔からだった。だが、それはいつしか苦いだけじゃないものに変わっていった。好きだと気づいたのは本当に最近だ。それまでずっと苦いだけじゃないその思い出が何なのか分からないまま、何度も思い出していた。

そんなふうにあのことを思い出すのは、同情から友情に変わり、友情から愛情に変わるまで、長い年月を友人として接してきたからだろう。

あのあと、ぎこちなくなった俺らの関係。それはあいつに抱いている気持ちが同情だと気づいてしまったからで、それはいつしかなくなり、友情へと変わっていった。それはあいつが本当にいい奴で、友人として接していて楽しいから、自然とそうなった。

ドイツに来て、プロとして活動を始めてから、あいつとは滅多に会えなくなった。けど、電話もメールもしているので、つながりはある。だから、時々日本に帰ると会うのだが、会うたびに大人になって、綺麗になっていくあいつを見ると胸の奥がざわめく。

あの頃からそれなりに美人の部類に入っていた。だが、それにさらに磨きをかけている。いろんな意味で成長しているあいつを見て、子供じゃなくなっていくあいつを見て、自然と女として見るようになった。それを自覚した途端、ああ、好きなんだと思った。

それからは、あのキスが後悔じゃないものになっていった。女々しいことに、そのときの感触をさらに鮮やかに思い出してしまった。


こんなこと覚えているのは俺だけか。

そう思いながら、心のどこかであいつも覚えていて欲しいと感じている。


「休憩終わり。練習再開しましょう、部長」
「ああ」

越前の言葉に立ち上がりながら、遠い日本にいるあいつに向かって問いかける。

お前は今でも覚えているか?俺と同じように…
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