どり
□一言にときめく5題
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4.待ってろ
手塚がドイツに行く…
その噂は卒業前のこの時期に学校全体に流れていた。それと同時に流れる噂。
彼女と別れるのもあと少し…
その噂をしながら私を見る人。同情半分、おもしろ半分の態度での噂にため息が零れる。
私が国光と付き合いはじめたのは1年前。最初は嫌がらせもあったけど、今は落ち着いている。そのかわり、いつ別れるかという噂は絶えず流れていた。
原因は国光にあった。試合があるときは分かるけど、部活を引退しても恋人よりテニスを優先する彼。私がいつ別れを切り出すか、賭の対象にもなっている。
それに対して私も国光も何も言わなかった。というより一笑していた。
国光がテニスを優先することは最初から知っていたし、なにより私が好きな“国光”はテニスをしている“国光”だったから。そしてそれは誰よりも国光が知っていたから。
恋人としては冷めた関係。だけど私達にとってはそれが“普通”だった。それでも恋人だった。
だから最近流れる噂も私達にしてみれば一笑できること。国光がドイツに行くという噂以外は。
噂が流れ出す前にその話は国光から聞いていた。私はそれに笑って頑張れと言った。心からの応援。それに国光はありがとうの代わりに優しいキスをくれた。
別れるつもりはなかった。私も国光も。遠距離で付き合うつもりでいた。それなのに…
「ねえ、手塚君とはどうなの?」
「どうっていつもとかわらないよ」
そう言うと嘘でしょと言われる。それにため息を吐く。
「嘘じゃないよ。本当にいつもと変わらない」
淡々と述べると少しだけ真剣な顔をして私を見てきた。
「それってさ、相変わらずのテニス三昧ってこと?」
「うん」
「…本当に愛されてるの?」
その言葉に目を見張る。その後続けて話される言葉は妙に耳に残ってしまった。
一人授業をサボって中庭にいた。
もうすぐドイツに行くのなら、もっと一緒にいるのが恋人じゃないの?
遠距離になるんだから今は一緒にいたいって思うんじゃない?
その言葉が繰り返し頭の中を流れる。そのたびに心を痛いほど締め付ける。その理由に気付くのは割と早かったけど、そんな自分に愕然とする。
自分でも気付いていなかったけど、国光と離れるということが私を弱らせていた。今までのようにと思っていたけど、それは無理なんだと心で理解していた。
今までは寂しくなると必ず国光は抱きしめてくれた。言わなくても察して、満足するまでずっと…
その時だけはテニスよりも私を優先してくれていた国光。だけど離れたら?
抱きしめることはできない。寂しくてもずっと一人…
変わらないと思ってた。思い込もうとしていた。国光のためには笑って送り出すことがいいって無意識に思ってたから。
「これで大丈夫なのかな…」
離れていても笑って応援できるのかだんだん不安になっていた。不安で泣きそうになっていた。