どり

□一言にときめく5題
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2.好きだ

国光と付き合い出してから数ヶ月。告白は私から。返事は「ああ」という短い肯定の言葉だった。

告白のときはその返事だけで嬉しかった。国光が遊びで付き合うような性格じゃないと知っている。だから本当に幸せだった。

だけど告白の時から今まで、一度も“好き”という言葉を聞いたことがない。それでも放課後待ってれば一緒に帰るし、休みの日にはデートもしている。だから言葉にするのが苦手なだけだと思って国光を信じてこれた。

だけどもう無理だった。


「もういい!国光のバカ!!大っ嫌い!!」

久々の休みだった。国光の家でのんびりと過ごしていた。

喧嘩になった原因はただの嫉妬。これまでも何度かあったけど、好きだと言ってくれない不安から、つい感情が高ぶってしまった。

国光の家を飛び出して走る。そして近くの公園に入った。人気のない奥のほうに行き、木の下にうずくまる。

私がいけないことは分かっている。国光がモテることは最初から分かっていたし、付き合えば嫉妬もするって分かっていた。それでも好きだから、側にいたかった。

けど、もう嫌…

国光に好きか聞いても何故そんなことを聞く?と言われる。

付き合ってるなら聞かなくてもわかるだろう?

国光がそう思っていることに気付いてからは聞けなくなった。


好きなのに、不安や嫉妬から側にいるのが辛い。ただ一言、“好き”という言葉が聞きたい。私の望みはそれだけなのに…


誰かの足音が聞こえた。それに慌てて顔をこする。

「ここに居たのか」

その声に身体が震える。

「何か用?」

震えそうになる声を抑えながらそう言うとため息を吐かれた。それに再び感情が高ぶる。

「何よ!?何か言いたいことがあるんなら言えばいいでしょ!?」

疲れていた。国光の彼女でいることが。不安になって感情的になって国光に当たってしまう。そんなのは望んでいない。

「もう無理…別れよう、国光」

顔を見ずに伝える。見たら泣くから。泣くのは自分の部屋で一人でがいい。だから見ない。絶対に。

「バイバイ、手塚君」

そう言って国光の横を通り過ぎる。いつもと変わらない速度で家までの道を歩く。

しばらくして立ち止まり、上を見上げる。

国光はどんな顔をしているのかな?…いつもと変わらないか。

そう思って苦笑した。それと同時に涙が溢れる。

家に帰るまでは泣くつもりなかったのにな…

そう思いながらも幸いにも周りに人気はない。だから溢れる涙を止めずにそのままにしていた。


「 ーっ!」

名前を呼ぶ声。大好きな人が出すその音。

すぐに彼だと分かるほど、遠くで、近くで聞いてきた声なのに、初めて聞く必死な声。

そのせいなのか、足が動かない。会いたくないのに動けない。

国光はすぐに後ろまで来た。泣いているのを気付かれたくないのに、一度溢れた涙はなかなか止まってくれない。

ひたすら顔を見ないように立っていた。逃げることも声を出すこともできない状態ではそれしかできなかった。

後ろでは何か悩んでいるような動きをしているらしい。僅かに聞こえる服の擦れる音がそれを教えてくれる。

その音が一瞬消えた。そして再び音がしたと思うのと同時に後ろから抱きしめられた。

「嫌だ」

耳元で聞こえたのはその言葉。そして、少ししてから違う言葉が流れてくる。

「好きだ」

一言だけ。だけどじんわりと胸に染み入って広がっていく。それほどその一言が切なく甘く響いて…

「嫌い…嫌いよ、国光なんて…」

ようやく声が出たと思ったら、可愛くない言葉が出る。それに緩む国光の腕。

「でも大好き…」

泣きながら伝えるのは本当の気持ち。溢れてやまない、国光に対する想い。

再び国光の腕が身体を包み込む。安堵したような吐息が聞こえ、後ろから涙を拭うように頬にキスをされた。

ねえ、国光?好きだというたった一言。それがどれだけ大切なのか、私が欲してしたのかわかった?

言葉を下さい。好きだと一言でいいから。時々でいいから。私はそれだけを望みます。
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