広がる天の川

□きっとキスをしたかった
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「もういっそ、嫌っててもいいから帰ってきてくれないかなぁ…」

ベコベコに凹む国王に隠密はクスクス笑ってしまう。
「へーかぁ。それならお妃ちゃんに帰ってきてもらうよう催促すりゃいいじゃん」

「…」

「ベタだけど、なんか贈り物でもしてさー」

「………贈り物と言っても友人邸へ遊びに行ってる妃に?」

「例えばお妃ちゃんの好きなお菓子とかお花とかさー」

「…夕鈴の好きな花?」

(…金蓮花は食用だと言ってたし………、………)

「あっれー?もしかして、お妃ちゃんの好きな花知らないとか?」

図星を指されて国王は眉間に皺を寄せ、更に冷気を解き放つ。

「あはは、でもさお妃ちゃんだったらどれも好きって言ってそうだよなー。それなら侍女ちゃんずとか女官長ならお妃ちゃんの好みくらいは分かるんじゃね?」

「…ああ、そうだな」

(…私は夕鈴のことを何も分かっていないのだな)

「んじゃ、お妃ちゃんの護衛に戻りまっス!」

供手をしてペコリと礼をすると、隠密は窓からするりと出て行く。
気配が遠ざかると、国王からは本日何度目かのため息がこぼれた。



***

今日の仕事に切りをつけて後宮の私室へ戻り、女官長を呼ぶようにと部屋付きの女官へ伝える。

(実際あそこまでショックを受けられるとは思わなかったなぁ…)

彼女には狼陛下が怖がられているのは分かっているが、改めて他人の口から聞くと心穏やかにはなれなかった。

浩大の言葉に煽られて、だけど心の何処かでは否定して。
すっきりしない気持ちをもて甘しながら、彼女に逢いたくなって部屋に足を向けた。
しかし、酒が過ぎていたのだろう。私に対してどこか怯える彼女の様子に軽い苛立ちを覚えた。

赤くなり今にも泣きそうな顔で、しかもあの言葉。

私を恐れてすぐに逃げてしまうくせに何の冗談だ。

その表情に佇む様子に嗜虐心を煽られ鼻を噛んでやった。

あの夜は彼女に対して自分勝手な八つ当たりをしていた自覚はある。
酒が覚めると昨夜の行いは夕鈴に対しては過ぎたと思ったが後の祭りで。
自分には分が悪く、落ち着くまでの間ということで外出の許可を与えてしまったが今日で3日目。

彼女のいない後宮は静かだと思う。

(…ああ、そうか)

当たり前のようにいつも傍にいてくれるから、君がいない後宮は静か過ぎて寂しいのか。
自分勝手でわがままな自らの心に気づいて苦笑していると女官長が入ってきた。



***

「お妃様のお好みの花でございますか?」

さすがの女官長も考えている。やはり浩大の言うとおりなのだろうか。

「申し訳ごさいません。これといったお好みは存じ上げておりませんが、お妃様におかれましては柔らかな色合いの花を好まれているかとお見受け致します」

「…そう言われてみればそうだな」

「贈り物を為されるならば、丁度水仙などの春の花が咲き始めておりますが如何でございましょう」

「任せよう」

緩やかな風が吹く昼下がりに二人で庭を散策する様を思いだしてみると、季節の花それぞれを素直に愛でていて優しい色合いに微笑む彼女が思い浮かぶ。

(嗚呼、夕鈴の笑顔がみたい、声が聞きたい)

窓を覗くと月が満ちている。彼女も同じ月を眺めているといいのに。

「陛下?」

振り向くと側近が私を伺いながら書簡を持って入ってきた。

「どうした。また宰相からか」

「はい、遅い時分に申し訳ございませんが、こちらは急ぎとのことで今届いたものです」

「…良い、寄越せ」

国王は書簡を受け取ると止め爪を解き、さらりと広げて目を通しだす。
こんなに静かな夜は何もしてないよりましだと思う。

(夕鈴に触れたい、語りたい、抱き締めたい)

君が足りない。
戻ってきたら、もっともっと君を知りたい。

全ての書簡の決済を処理し終えると、側近がため息をつき眼鏡を掌で押し上げながら見つめている。

「なんだ、まだあるのか」

「いえ、これで終わりです。
陛下、今日は『そんな顔』で夜更かしせずに速やかにお休み下さい。では失礼致します」

側近が退出すると、また静寂に包まれた。まだ眠りは降りてこないが取り敢えず寝台に横たわり瞳を閉じてみる。

『私だって、もっと貴方を―――』

瞼の裏に映るのは泣きそうな彼女。

優しい笑顔を思い浮かべたいのに、焼き付いたかのように消えてくれない。

その表情に僕は切なくなって、今もし君が其処にいたならばその細い身体を宥めるように抱き締めて、慰めるように、…きっと口付けをしたかった。

end
20130222



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