白い天球儀2
□小春日和
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診断メーカーの3つのお題。
どこか遠くに二人で逃げたい/すきにして、いいよ。/はにかんだ笑顔の君に
いい感じにネタが降臨しましたので書いてみました。
***
昼食を済まし、腹ごなしに散歩に出かける。ここ数日小春日和の陽気で積もった雪もかなり溶けているが、日影になるとうす汚れた冬(雪)が名残のようにまだまだ残っていて、春(綺麗)になるまではまだ時間がかかりそうだ。
中庭に降りて泥濘を避けながら散策し、日当たりの良い石作りの長椅子に腰掛けた。夏場ならば青葉が繁り木漏れ日の少ない日陰となって昼寝にはうってつけな場所だ。
懐から冊子を出してパラリとめくる。興味が薄いので対して頭に入ってこない。
人の気配を感じて振り向くと、人当たりの良い笑みを浮かべた同僚が立っていて眉間に皺が寄った。
「君がこんなところにいるなんて珍しいね。隣いいかい?」
「ああ。貴様は来週の宴の責任者の一人じゃないのか。先程打ち合わせし始めていたばかりだろう」
公の宴は保留になったり却下されていても、小さな宴はそれなりに催されている。
来週は政務室で移動者の送別も兼ねて宴が催されるのだ。規模もそこそこの宴の責任者の一人が呑気に何をしているのかと呆れてしまう。
「んー?責任者と言っても私は楽の担当でもうやることは固まっているんだよ。主な三人がまた雲行きが怪しくなってきて面倒だから抜けてきた」
「それでよいのか?」
冊子を閉じながら隣をみるとどこ吹く風の様に伸びをしている。
「いいんじゃない?私がいなくても大差はないよ。
こんな良いお天気の昼下がりにあんな埒のあかないものに付き合う必要もないと思うし」
「…それを貴様が私に言うか?」
クスクス笑いながらシレッとしている。
「だってさこんな小春日和ならさっさと帰りたくなるだろう?良い花茶が手に入って、今日あたり届く予定なんだよ」
「貴様はまた…。今日は午後から会議もあるだろう」
「ふふ。それにも出たくないなぁ。ここ最近陛下のご機嫌が優れない原因の1つである春の宴の責任者問題、聞いているだろう?」
「ああ、昨年は年若い者で務まったものだから他の大臣も名乗りを上げたらしいやつだろう」
「そう、それで今年も君と私が有力らしくて、今日の会議で内々の話があるそうだよ。噂なだけだといいのだけど…。面倒だし、正直君と組みたくないもの」
「おい…」
「そうだろう?昨年はご老人のお説教だらけとか恐ろしい発想を次々とする君に驚きの連続でついて行くのに精一杯だったんだよ」
「戯れ言を抜かすな」
「本当に。しかしだからといって早退すると陛下が恐ろしいし、どうしようか?」
「私が知るか」
「…ねぇ、どうせならどこか遠くに二人で逃げないかい」
ポツリ、と溢れた言葉に彼の顔を見るとまだ蕾も固い遠くの木々を眺めていて。
「だとしたら、何処へ行くつもりだ?」
戯れに返してみると彼は一瞬驚いた表情を浮かべ、此方を向いて微笑を浮かべた。
「どうしようか?」
「まだ寒いから温泉のあるところでもいいな。美味しい物を食べながら、ゆっくりとして」
「いいね。私は楽を奏でて移る春を楽しみたいかな。君と二人なら。ふふ…君のすきにしていいよ」
「しかし、そうもいくまい。このまま全てを放って行ったとして、やっと纏めた仕事を滅茶苦茶にされるのも癪だろう。私ならやることやってから気兼ねなく楽しみたいと思うがな」
クスクス笑い出すから、「何だ?」と問うと「安心した」と言いつつまだ笑っている。
「君がそんな事言うから相当に疲れが溜まっているのかなと思った」
「ここ数日の忙しさに疲れているに決まっているだろう」
「君でも逃げたくなるんだね」
「失礼なやつだな、貴様と一緒にするな」
「疲れているときは甘いものだとお妃様も仰っていたよ。どうだい?」
懐から小さな菓子箱を取り出して蓋を開け差し出される。薄紅の花を型どった干菓子が並んでいて、その1つを摘まんだ。
「桜…か?」
「うん。暦の上ではもう春だしね。春の宴の責任者は御免だけども宴自体は楽しみなんだよ」
「ん?」
「君と花を愛でられるじゃないか…」
水月も菓子を1つ摘まんで口に入れると花の香りがふわりと広がる。
去年は一人で気持ちを持て余して花の香りに気持ちをを滲ませていた。
今年は二人きりは無理でも一人で散る花に切なくなることはないだろう。
そんな気持ちを知ってか知らずか。
もう1つ菓子を摘まんだ方淵はいきなり水月の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「ほ…方淵?」
「そんな顔するな。宴がなくとも二人で花を愛でる機会などいくらでも作れるだろう」
「…そうだね」
彼の肩に少しだけ身体を預けて遠くを見つめる。もう1、2ヶ月もすれば花も綻びだす。
こんな風にゆっくりと彼を感じながら花を愛でられるであろう春が待ち遠しくなってしまう。
「風が出てきたな。そろそろ戻るぞ」
「うん…、仕方ない。我慢してちゃんと会議に出ようか」
「当たり前だ。ほら」
手を差し出すと水月ははにかんで微笑み、その手を取る。
その花のような暖かな笑みに方淵は少しだけ、そっとその手を握りしめた。
end
20140316