白い天球儀3

□御年始
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年の瀬のある日―

私室にある卓の上に小さな小物入れを2つ並べて、方淵は気難しそうに眉間に皺を寄せていた。

(これは年始挨拶だ。だから特に意味はない)

柳家に出入りしている贔屓の商人から「今日は中々の上物が手に入りまして」と薦められた半練りの香油だった。

自分用に好みの少し辛めな香りを1つ。1つは白檀を基にしている紅梅の香りだった。蓋を開くと甘く爽やかだけれども仄かに甘酸っぱい梅の香りがする。この凛とした香りの心象が想い人を思いおこさせたのだ。

柳の家としては付き合いに応じて年始挨拶は用意している。しかしそれらと同じものを彼に選ぶ気にはなれず、自分の物として選んだものだった。

(はぁ…。いや断じて特別な意味はない)

自分に言い聞かせるようにため息をついて、方淵はその小さな小物入れを引き出しに仕舞った。



御用始の日は正装しての出仕となる。方淵も例外ではなく、黒の着物に白地の腰布を身に付け髪を結い上げて帽を被る。
前髪がサラリと流れた時に、ふわりと新しい香油の香りが鼻を擽った。

年始の式典も終わり、政務室に戻ると、それなりに雑談に花を咲かせる者、早速仕事の紐を解く者と様々だ。
そんな中、数人の補佐官は担当に応じて、陛下や側近から急ぎの指示を出されていた。その中には水月の姿もあった。

政務室への人の出入りが特に多い今日、あわよくばさっさと帰宅しようとそそくさと準備していた水月を横目に見ながら懐に忍ばせていた小さな包みをどうしようかと思っていたのだ。

陛下の御前で表情を消している水月を盗み見て、今日中に渡せる機会があるかもしれないと内心で思い、方淵は小さく安堵した。



「はぁ、やはり来たなぁ…」
陛下から解放されるとガックリと肩を落としている水月に呆れてしまう。
「年始早々何を言っている」
「年始早々、陛下の御前に呼ばれるなんて、しかも今日は早退する予定だったのに」
このやる気の無さは万年茶飯事だと分かってはいるがイラッとくるものはイラッとくる。
「…貴様、年始早々まさか魚の餌とか言わないだろうな」
自然と声が低くなる方淵にくすっと笑みを返す。これもいつものことだ。
「ふふっ、それもあるけれど今日は妹と約束していたことがあったんだよ」
「だがこちらは仕事だろう。余裕があるのだから、ゆとりのあるうちに進めておくべきだろう」
「そうだね。でもこの浮かれまくっている年始めの雰囲気に飲まれずに平然とそれを言えるのは君を含めて何人いるのかな」
「知るか」
「まあ、今日の目処がつくまでは逃げないよ。ところで方淵、先ほどの陛下の指示で…」
仕事に気持ちを切り替えだしたら水月は思考が早い。
方淵は遠慮なく打ち合わせ始めた。
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