白い天球儀3
□氾の花
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(あれが正妃の第一候補か…)
まだ幼さを残す愛らしい氾家の花。あれほどならば数年もすればはっとするほどに鮮やかに咲き誇ると思う。
言いたいことを言って泣きながら迷い無く真っ直ぐに請てきた。
『お妃の行方』を。
あの姫は瑠霞姫がおいで遊ばした際に人当たりの良さや顔の広さを示している。
そして器量の良さや家の格式、教養の高さなど様々な点でどの貴族の姫もが一目置いている存在だと聞く。
まさに上に立つ素質のある姫であろう。
そんな正妃候補の唯一の欠点に思えたのがお妃への傾倒だと見かけた草紙などを読んで思っていたが、これ程までとは思わなかった。
今、あれほどまでに形振り構わずに一途にお妃を探しているのはあの姫だけだろう。
そんな姫が欠片も情報を掴めぬはずはない。
第一その手の情報など私の耳に入ってくるならば兄である氾水月がとっくに握っているだろうに、確執ある家の者にまで手掛かりを求めてくるとは。
(陛下は本当にあのお妃をきれいに隠してしまったものだな)
見苦しくとも構わずに
自分に向けられたきれいな泣き顔
(先程見たときはあれとは似てないとは思ったが)
思い返してみると記憶の底にある多分自分しか知らないであろう泣き顔と重なり、小さなため息が零れる。
(やはり、兄妹だな…)
笑えばあれとは違って、きっと純粋に愛らしく花が綻ぶようであろうことは想像に難くない。
だがやはりあれがはにかむように嬉しげに微笑む方が好ましく感じてしまう、そんな己自身に呆れてしまう。
あれが女で今回のあの姫のように取り乱した様を目にしたならば私はとち狂っていたかもしれぬ…。
ぼんやり思いながら、自分の手のひらを見てみる。
(まぁ…しばらくは会えぬか)
先程撫でた時に薄く開いた柔らかな唇をあの場で貪欲に貪りたかった。
しばらく触れていないのだ。
人払いをしていたであろう別邸とはいえ、対立する家の屋敷でかすかな人の気配を感じながらも理性が揺らいだ。
触れた感触と掛かった吐息がまだ指先に残っている気がして少し切なくなってくる。
(だが…)
あれの数々の誘い文句がいちいち癪に障って気に入らなかったのは幸いしたと思う。
(…お陰で自制が効いた)
さて…
あれを陛下の元へ出仕させるにはそれ相応の情報と手順が必要で、手札が揃うまで今一度機会を待たねばならぬということか。
この私にそんな手間を掛けさせようするのは…。
「チッ。貴様くらいだ、氾水月」
次に会ったときは問答無用で引き摺り出してやる。覚えておけ。
end
20140901