池田屋24
□戌の刻
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桂は、一度長州藩邸に戻ってきた。
「思っていたより、見張りが多いな」
乃美に向かって、独り言ともとれるような小声で呟く。
「見張りというと、実働部隊ではないだろ?」
「確かにそうだが。だがこう多いと、今夜は実働も出てくるかもしれないな」
乃美は、池田屋のことが頭を掠めた。
「大丈夫か? 何もこんな日にやらなくても良いのでは……」
不安そうな乃美の目をしっかり捉えて、桂は力強く頷く。
「今日だからこそ、やらなければならないのかもしれないさ」
さらに、
「乃美殿、僕はいつでも礎になる覚悟を決めている。今日は何があっても扉を開けないようにしてくれ」
と、続ける。いきなりの言葉に、乃美は面食らった。
「どういうことだ?」
桂は、冷静さを崩さずに答える。
「どうもこうもないさ。これだけ静かな夜に、何かがあるかもしれないという危惧は働くものだろ?」
立場上長州は一藩であり、幕府が政権を担う中、不逞な輩が藩邸に逃げ込むことがあっては、非常に厳しい状況に追い込まれる。
もし、池田屋の会合に御用改めが入ったら、皆、長州藩邸に逃げ帰るだろう。それを入れてしまうとなると、藩としての立場を維持できなくなる可能性がある。
桂の門を開けるなという意味は、まさにそこにあった。
「そうだな。今日は注意するよ」
乃美は、仮にも京の藩邸を預かる者だ。裏でのやり取りならいくらでも目をつぶれるが、幕府が直接狙った者を堂々と匿うことはまかりならない。
「必ずだぞ。僕が出たら、朝まで固く門を閉じてくれ」
「そんなことをしたら、お前はどうする?」
不安が広がる。門を閉ざしたら、もし何かあった場合に藩士を見殺しにすることになるかもしれない。
「僕は逃げの小五郎さ。どうにでもなる。何があっても、門を開けないでくれよ」
そう念を押して、また市中へと戻って行った。