池田屋24

□未の刻
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 お嘉は寺田屋にきていた。

 あくせく働くお梅を捕まえて、いつものように書状を頼む。

「梅さん、いつもすまないねぇ」

 二人はそんなに変わらない年ごろである。

「かまいやしまへんで。ここにはしばらく竜さんは来ないだろうけど、勝先生への書状ならいくらでも渡せる筋があるから」

 お梅は、勝とつながりがあるお嘉を信用していた。本来の姿は、幕府の隠密であるにもかかわらずだ。そして、このお梅こそ、寺田屋の養女であり坂本竜馬の女、寺田屋のお竜である。
 お梅という名は、竜馬が付けた。元々医者の娘だったが、安政の大獄で父をなくしている。その後、旅籠に奉公したものの、長く続かずに店を飛び出し、その後しばらく放蕩生活を送っていた。
 そんな環境が、お嘉とつながるのかもしれない。

「ところで、竜馬さんは今何処?」

「さぁねぇ。あの人は何をやっとるんだろ?」

 今回のお嘉の目的は、竜馬の動向ではない。すでに竜馬は神戸を離れ、江戸に向かう船の上であることは知っていた。

 竜馬に縁のある者の動き――。
 京に竜馬に縁のある者の中には、過激な勤皇派が何人もいる。もちろん竜馬自身にもその疑いの目は向けられているが、今は幕府直轄の海軍学校で塾頭をしており、簡単には手を出せる相手ではない。

「さっき、土州の人が上っていったけれど、ここに泊まってた人かしら?」

 確信はあるものの、こうも直線的に聞いても良いものであろうか? これが、お嘉の常套手段であるのだが。

「あぁ、亀さんと北添さんよ、きっと。さっきここから出て行ったから」

「やっぱりそうかぁ。京で何かあるのかい?」

「なんでも明日、会合があるとか。詳しいことは何も知らんけど、先方はんを大事にしている風やったで」

 それだ!

 お嘉は、腹の中で手を叩いていた。

「それって、どこでやるか聞いてるかい?」

「四国屋とか言ってはったような……」

 なるほど。明日何かが動く。そのために同士が京に集結しているのであれば、宮部も、吉田も京にいるのが結びつく。

「それよりもお嘉ちゃん。昨日竜さんの羽織を作ろうとしたんやけど、どうも上手くいかんのよ。ちょっと見てってくれる?」

 お梅の誘いに乗ると、これからの仕事に支障がありそうだ。このまま羽織の教授を引き受けたら、きっと夜まで帰らせてくれないだろう。

「今度暇なときにまた来るよ。これから京に戻って、お座敷があるから」

 お嘉は、体面上芸者となっていた。三味線を弾かせたらソコソコの手並みである。

「さよかぁ。それなら仕方ないなぁ。また来てね」

 丁寧にお辞儀をして、

「すまんね、近いうちにまた来るよ」

 と、言い残し、元来た道を戻っていった。
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