池田屋24

□丑の刻
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 一方その頃――。

 新選組壬生屯所でも、不自然な炎が揺らめいていた。副長を勤める土方歳三の部屋である。

「さてと、どうするかねぇ」

 文机をはさんで向かい合う男に、歳三は軽く目を向ける。机の上は、きちんと整理されているものの、床にはいくつかの文書が積まれていた。

「宮部の探索には行き詰まりを感じているところです。あとは、探索筋がもたらした商人達に聞いてみるしかないように思います」

 向かい合った男は山崎蒸。新選組の諸調監察方を勤めており、歳三にとっては片腕ともいうべき存在だ。志士達の動きだけでなく、隊士の行動や幕府の事情までももたらす、優れた偵察をやってのける。

「なるほどねぇ」

 歳三は、床にあった書付を広げ、ブツブツと口の中で何かを呟いた。

「炭薪商枡屋……。どう思う?」

 書付の中から目ぼしいと感じた名前を問いかける。

「先日捕らえた宮部の下人の出入りが激しい店でした。主人は数年前に代替わりで養子を取ったようですし」

 山崎の言葉に頷きながら、

「大八は多く出入りしているのかい?」

 と、返した。

「代が変わってから、数が増えているのは確かなようです」

 間髪置かずに答えが返る。探索に抜かりがない証拠だった。

「宮部の下人が多く出入りして……、荷が増えているか」

 歳三が立ち上がって腕を組んだ。もう一つ、決め手が欲しいところだった。

「そういえば、連れ合いを紹介されたけれども、断ったと言われています。いい年頃ですが」

 山崎も疑っていたのであろう。歳三が欲しいと思っている程度の答えが返ってくる。

「よし、それいってみよう。新しい手がかりが出るかもしれねぇ」

 歳三は腕をほどいて、山崎の方に向き直った。

「今夜の見廻りは五番隊だったよなぁ。今頃どの辺りを回っている?」

「武田の隊ですから、そんなに身を入れて回っている訳ではないでしょう。そろそろ帰ってくるのでは?」

「なるほど、いつも早いお帰りだとは思っていたが。それなら今日は働いてもらうか」

 武田観柳斎については、歳三はあまり良く思っていなかった。兵学があるものの、実践となるとからっきしだ。

「商人の捕り物くらいが丁度いいだろう」

 歳三達は、このときはまだ、桝屋に潜む影の姿を疑っていなかった。ただの小者であろう、きっかけにはなるかもしれない。その程度に考えていた。

 ここから長い一日が始まるなどとは、今は誰も気づかない。
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