短編時代小説
□京の町に、男は何を思う【京都コラボ】
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京は四条の鈿屋。舞妓の見習いである萩路は、師匠に許しを得て新しい鈿を探していた。普段であれば、稽古場に来る行商の品を師匠に選んでもらうのだが、今回買う鈿は特別である。
いよいよ迫った初のお座敷に向けて、とっておきの姿でお披露目をするためのものだ。
師匠もそのときの行商の品に気に入った物がなく、紹介状を書いてくれて、萩路は初めてこの店を訪れた。
さすがに老舗鈿屋である。店の設えは行き届き、寸分の隙もない。主人からは最初、怪訝そうに、値踏みをするように、頭の先から爪先までジロジロと見られた。初めて来た客に厳しい京の店、知ってはいたが居心地のいいものではない。
店の主人に師匠からの手紙を渡すと、今までの態度が嘘のようにニッコリ笑って、奥から箱を一つ持ってきた。
「初座敷ならここから一つ選ぶとええどす」
口元は笑っているが、目は決して笑わない。京の商人の典型的な姿である。
箱に入っているのは、店の一番入り口付近に並べてあるよりも、高価な品物だった。五本しか入っていないが、どれも細部にまで細工が丁寧に施され、舞妓の鈿としてふさわしい。
ただ、どれも行商が持ってきたのと同じ物だった。それ以外の品を見たかったのに。
最初に飲まされた雰囲気と、伝統的な主従関係から主人にそのことを告げられずマゴマゴしていると、表から男が一人入ってきた。店の主人の口元の笑いが不自然に歪み、判を押したような作り笑いになる。
「これはどうも、土方殿、お待ちいたしておりました」
萩路は、箱の中身を見つめたまま固まった。主人のとってつけたような笑顔と、土方という名前。誰が入ってきたか理解するのに、時間はいらなかった。
新選組──。
京の治安を守ることを建前にして、押し借りやら暴力やら、何かと騒ぎになる集団。つい先日長州人が斬られたのも、新選組の仕業と噂されている。
壬生の狼、江戸から来た人斬り。色々囁かれているが、本物に会うのは初めてである。
どんなにおっかない顔をした男が入ってきたのだろうと興味があったが、萩路はそんな人斬りの恐怖に、固まったまま動けないでいる。
そんな萩路を気に止めることなく、土方はどんどん店の奥に歩を進め、主人の前までやってきた。
「よう、すまないな。この前頼んだ物を取りにきた」
土方の声は、思ったよりも穏やかだった。ちょっと高めの早口で、京の男にこんな喋り方はいない。
「へい、用意してあります。しばらくお待ちください。これ、お茶を」
主人は奥の出稚に声をかけると、これでもかという程丁寧にお辞儀をして奥へと向かった。
店には萩路と土方が残される。
しばらく沈黙が続き、その間、萩路は息もつけない風であった。
「おい、娘」
沈黙を破ったのは土方だった。きっとずっと萩路を見ていたのであろう。
「へぇ」
一体何を言われるのだろうか。萩路はガタガタと震える足がバレはしないかと、背筋に冷や汗をかく。
「鈿が入り用か?」
鈿屋に来ているのだ。他に何が必要だというのだ。そんな内心が顔に出やしないかと、更に焦った。
「へぇ、初のお座敷がありますんで……」
萩路はうつ向いたまま、チラリと目を土方に向けた。そこには、鼻筋の通ってすっきりした顔の美男がいる。
「なるほど、舞妓か。それなら俺が見立ててやろうじゃないか」
壬生浪に鈿選びなぞできるものか?
そう思いながら土方を眺めると、彼は無造作に萩路に寄って来た。
顎に手をやりながら、ふむふむと萩路を見つめる。先程の主人の視線よりもじっくりと見られているが、嫌な気はしなかった。戸惑いはあるが、不思議とこの男には怖さがない。本当に壬生浪だろうかと疑いたくなる程だ。
初めて出会った娘の鈿を見立てようなどという者も、京の男にはいないだろう。
それでも嫌な気がしないのは、土方の東言葉のせいだろうか。それとも真っ直ぐな瞳が好奇心いっぱいで、少年のように輝いていたためだろうか。
それから土方は、萩路の手元にある箱をとって白い小花をあしらった鈿を一本取り出すと、萩路の頭に添える。
「なるほどなぁ」
ちょうどその時、主人が奥から戻ってきた。
「こちらでございますね」
箱を開け、中身を取り出すと、今土方が手に取った白い小花を、さらに丁寧に作り込んだ鈿だった。萩路はその鈿に目を奪われた。高価だが、望んでいた色艶である。
「うむ」
そう言って土方が受け取ると、その鈿を萩路の頭に添えてみる。
「やっぱりこっちだな。おい、主人、これをあの娘にやってくれ。俺はこっちを貰っていく」
「え?」