短編時代小説

□明日も同じ空を見てる
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 昌平坂学問所に通っている山本誠三郎は、悩んでいた。
 このまま旗本の三男坊として学問を修めていれば、ある程度の地位を確立できるかもしれないが、所詮は三男、家督は継げないし、いつまでも親の脛をかじっているつもりもない。
 自分が学問所内でどのくらいの実力があるかは判っているものの、父親の上役の子供である学友を出し抜くわけにはいかない。もちろん家督が継げない身であるから、旗本として幕府の仕事につけるはずがない。どこかの藩のお抱えになるか、学者として学問所に居残るか。選択肢は限られていた。武士の社会とは、そんなことを気にして過ごさなくてはいけないというつまらないものである。
 武家社会のしがらみの中で、元服して一人立ちとなった暁には何をすれば良いか、誠三郎は見い出せずにいた。このモヤモヤした気持ちの先は、何をもって解決すれば良いのだろう。
 そんな悩みを抱えながら過ごしていたが、ある日、誠三郎に思いもよらない出来事が起こった。庭先の木槿が、夏の盛りを惜しむように残りの花を咲かせる残暑の頃である。
 誠三郎は、遠方からの客をもてなすため、母の使いで豊島屋まで酒を買いに行くことになった。その途中、慌てて走っていた荷車が誠三郎に突っ込んでしまい、大怪我を負ったのである。左足は大きく重いハマの下敷きとなり、本来向いている方向とは全く違う角度にねじまがっている。ぶつかった勢いで、誠三郎に意識はない。
 慌てたのは、荷車で荷物を運んでいた方だ。酒問屋の出稚二人で、豊島屋から急な注文を受けたため、急いで運んでいたところだった。
 旗本の息子に大怪我を負わせたとなっては、ただ事では済まない。積載量が大幅に多い上に、大至急の荷物であったため、走りに走ったのが仇となった。二人とも顔面蒼白で、震えながら立ちすくんでいる。
 町の衆も荷車がひっくり返る大きな音に驚いて足を止めたが、誰も助けに動ける者はいなかった。
 その光景を遠くから見ていた浪人者が、駆け寄って荷車を押して誠三郎を助けようとすると、やっと見ていた町の衆が我に気づいた。やれ戸板を持ってこいだ晒はあるかと騒がしくなる。
 誠三郎を押し潰していた荷車が退かされると、浪人者は、

「裏の松庵先生を呼んでこい!」

 と、叫んだ。そのときにはすでに、すぐそばの太物問屋の娘が松庵を連れてきていた。
 松庵はすぐさま誠三郎の様子をうかがう。意識はないが脈がある。潰された足はパンパンに腫れ上がり、信じられないような熱を持っている。

「すぐにワシのところに運べ」

 騒ぎの渦中、どこからか持ち込まれた戸板に誠三郎を乗せて、町の衆がそれを担ぐ。揺らさぬように気をつけながら、小走りに松庵の診療所へと急ぐ。
 付き添って走りながら、浪人者は、誠三郎の顔を知った者がいないか探した。

「こりゃ下谷練堀小路の山本様の息子だぁ」

 下谷練堀小路と言えば、御徒士が多く住む所である。松庵の診療所からは、走れば四半刻もかからない。

「オイラァ、一っ走り行ってくらぁ。籠屋に後から来いと伝えてくれ」

 誠三郎の所在を知った者にそう伝えると、浪人者は野次馬をかきわけ、家族を呼びに勢いよく飛び出した。
 松庵の治療中、誠三郎は激しい痛みで意識を取り戻したが、痛みに耐えきれずまた気を失う。そんなことを何度も繰り返した。骨を折ったために全身に回った熱と、痛みのための脂汗とで誠三郎の疲労がつのり、生きる気力が萎えはじめる。
 そんなとき、松庵を補助していた娘のお松が、

「しっかりしなさい。こんな痛みで弱音を見せちゃ、腰のモンが泣くわよ」

 と、痛みのため、無意識に動く誠三郎を押さえつけながら叫んだ。

 どれだけの刻が過ぎたのだろう。誠三郎はいつの間にか、痛みと戦う疲れから眠ってしまったようだ。

 障子が薄明るくなり、朝の日差しが濃くなり始める頃、鈍い痛みに襲われて、誠三郎は目を覚ました。左足は天井からつるされ、接ぎ木で固定されている。足は全く動かすことができないし、鉛のように重い。

「ここは?」

 誠三郎は上半身を起こそうとしたが、胸の辺りにつっかえるものがあり、それ以上動くことができなかった。

「あらやだ、私、寝ちゃった」
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