短編現代小説

□雨上がりの夜空に
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 自殺しようと思っていた――。

 たいした理由ではない。たまたま悪いことが重なっただけだ。失業して婚約者に逃げられ、家賃が払えず明日には家を明け渡さなくてはならない。ただ、それだけのことだ。
 歩道橋を何気なく歩いて、そのまま橋の真ん中に佇んでいた。このまま飛び降りたら、確実に死が訪れるだろう。そんなことを考えながら、欄干に寄りかかっている。
 夕暮れはとっくに過ぎた空。雨が降っている。傘をささないでいるのは自分くらいだ。車のヘッドライトとブレーキランプが、規則正しく流れていた。雨に反射して光輝く様子は、幻想的ともいえる。睫毛にひっかかっている雨粒がフィルターの役割りを果たして、さらに現実から遠い世界のような気がした。
 雨足は衰えないので、ぼーっと立っていると経過時間に比例してずぶ濡れとなっていく。服が肌にまとわりつくのは鬱陶しいものの、もやもやした感情を洗い流してくれるような気がして、このまま濡れ続けていた。

 どうして婚約者は逃げたのだろうとか、なんで解雇されたのだろうなんて気持ちにはならない。他人に依存している状態には、必ず自分が思っていることとは違う出来事が訪れるものだ。自分自身を責めたところで、これといった解決には向かわない。
 それならば、これからどうするかを考えた方が建設的だ。
 自分にできることの中に自殺という選択肢が浮かび上がったのは、他に何も思いつかなかったから……。建設的な考えを求めながら自殺にたどり着くなんて、なんともお粗末である。
 思えば、今までマトモに働けたのは、バンドをやっていたときだけだ。たいした収入にはならないけれど、スタジオに籠ったりライブをやったりの合間に、肉体労働のバイトをしていた。日銭が入るし体力もつくのでちょうどよかったのだ。
 定職についたのは28のとき。
 俺達よりも下手なバンドが売れるカラクリに気づいた。どこぞに所属している奴らの力関係で売れるのである。動員できる人数の違いなのだろう。たいした演奏をしているわけではないのに、あっという間にメジャーへとなっていく。どんなに巧い演奏をしても、ウケる人数になかなか結びつかないのは仕方のないことだ。そんな中でプロになることを諦め、バンドに関係するものはきっぱりと処分した。
 28で初めてスタートした本格的な社会人生活。と言っても、バイトの延長だった。それまでやっていた肉体労働の先輩から内装業者を紹介してもらい、新築住宅やリフォームの壁紙貼りをやり続けた。給料は安かったけれど、なんとか生活できる収入が確実に手に入る。家に帰ればクタクタに疲れて、寝てしまうだけの毎日。仕事の充実感なんてものは皆無で、ただ働いているという状態が何日も続いた。
 そんな俺の経緯を知る婚約者は、ずっとそばにいた。22の頃からの付き合いで、彼女は当時18歳。俺達のバンドのファンだった。やっと少し大きなライブハウスのイベントに出入りできるようになり、ファンの子何人かと呑み会を開いた。
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