簪お静シリーズ

□蒼い花売り達
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 反対に、昼間の遊郭は好きだ。姐さん達の日常に触れ、女同士の気楽な会話を楽しむ。簪を勧めている時の姐さん達のうっとりした顔は、こっちが嬉しくなってしまう程美しい。この簪を挿して、姐さん達が遊郭からでられるきっかけになればといつも感じている。

 吉原の中の一軒、玉屋の裏口に回る。さっき会ったお里の幸せそうな顔を思い出した。玉屋は、吉原の中で一、二を争う質のいい店だ。客も比較的上品で余裕がある男が多い。玉屋の姐さん達の身の振りは、女としての細かい仕草まで行き届いている。お静は、幼いながらもし遊郭に売られるようなことがあったら絶対に玉屋がいいと有り得ないことを考えていた。
 裏口は薄暗く、華やかな色町としての風格とは対照的だ。表の格子が並んだ道沿いの立派な姿が嘘のように、なんとも安普請な建物だと気づく。

「あらお静ちゃん、今日もいい品をたくさん持ってきてくれたようだね」

お静に気づいた年増が声をかけると、大部屋にいた姐さん達が我先にと出てくる。暖簾がしまわれた正面入口が行商人の店となる。
 姐さん達の楽しみの時が始まる。お静が箪笥を広げて簪を見せると、群がった女達が歓声とも感嘆とも取れるような声を上げて箪笥の中を覗き込んだ。

「蝦一の仕事はいつ見てもうっとりするわねぇ」

客のいない間だけ、姐さん達は普通の言葉を使う。
 蝦一とは、父親の屋号だ。最近ではお静の売り込みの巧さが手伝って、吉原でも名が知れ渡ってきた。
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