簪お静シリーズ

□蒼い花売り達
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「もう藤君太夫じゃないのよ。お里って元の名前に戻ったの」

ニッコリ笑ってお静の手を握り返す。
 藤君太夫ことお里は、店では二番人気だった。身請けの話もたくさんあったが、それを断り続けて親が借金を返す形をとって吉原から出たという。身請けには莫大な金がかかるが、親が金を返すのであれば宴を開く必要がないのでその分安く済む。
 太夫まで張った女にとって、本来ならば花道を用意して大宴会を開くのが常であるが、お里の思い人は人柄だけが取り柄のその日暮らしが精一杯だった。そこで、3年必死で働いてお里の父親に金を渡し、やっとのことで吉原から出ることができたのだ。

「本当に良かったねぇ」

幸せそうなお里を見て、お静まで幸せな気持ちになってきた。
 こんな具合で遊郭から出られるのは、本当に稀である。大抵の男は、そんな約束をしてもいつまでも迎えに来ないし、男が親に金を渡したとしても親が勝手に使い込むのが殆どである。
 そんなお里と立ち話をした後、お静はまた吉原へと歩を向けた。

 吉原の門をくぐると、そこは日常と隔離された世界が広がっている。昼間は基本的に店がしまっているものの、泊まった客や連泊の客が少し残っている。
 お静は、夜の遊郭が嫌いだった。欲望をギラつかせた男達が練り歩き、下品な目で女を見下す。全ての男がそんな風ではないはずだが、幼いお静には理解できない世界である。
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