短編現代小説

□雨上がりの夜空に
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 本当はドラムの男が好きだった彼女が俺を選んだのは、ほんの些細なことからだ。ドラムの男に騙されて、親が進学のために残してくれていたお金を全部引き出されたのだ。
 小銭というにはでかい金額を手に入れたドラムの男はトンズラして、学費が払えなくなった彼女が残った。
 俺は同じバンドの男がやらかした不始末に目をつぶれず、彼女の面倒を見るようになった。俺の生活費とバンド活動に必要な金を差し引いた額全てを彼女につぎ込んで、もちろん彼女もバイトして、3年分の学費を捻出した。
 お互い好きとか嫌いなんて確認したことはなかったけれど、俺達は誰よりも必要な存在と信じて一緒に生活していた。バンドをやめたとき、さすがに彼女はふてくされたけれど、それでも俺が選んだ人生だからと一緒に暮らし続けた。
 彼女が妊娠しているのがわかったのは、俺が失業する1ヶ月前だった。腹はまだでかくなっていない。素直に喜んで、親父になるつもりでいた。


 これが運命なんだ――。


 そう思えた。彼女の必要性は、このためにあったんだ。全てを受け入れた。俺達は頃合いをみて結婚しようと誓った。それは、好きとか嫌いを超越した、なにかとてつもなく大きな力だと思った。

 幸せというのは長く続かず、それが大きい分だけ不幸がさらに大きくなっておとずれる。
 失業と同時に、彼女は俺の前から姿を消した。
 妊娠させた相手は俺ではなく彼女を陥れたドラムの男であり、もう3年前から付き合っているという置き手紙を残して。さらに手紙には、ドラムの男が彼女を騙した金額に10%程度の利子が上乗せされて添えられていた。

 ドラムの男は5年前にプロデビューしていて、かなり人気のあるロックバンドのメンバーとなっていた。もちろん噂では、俺が知ったカラクリを最大限に利用したようだ。どこぞの団体に所属して、そこの幹部に気に入られたらしい。
 レコード店に行くたびに、彼等のシングルが目につく棚に並べられていることに気づく。ついさっきも、それを遠目で眺めてきたところだ。しかもこの歩道橋からは、デカデカとそいつ等の新作アルバムのポスターが目につく。
 そんなことに気づいて、俺は歩道橋の立ち位置を変えた。他人のことなんて気にしないなんて思っていたはずなのに、頭を占めているのは彼女と、ドラムの男のことばかりになっていた。
 他人が関わる物事は、自分の思うようにはならない。理屈はわかっているが、そこにどうしても辿り着く。

 彼女が置いていった金は、ドラムの男が所属する事務所に丸ごと送った。郵送代は差し引かせてもらった。どこかの出版社に送ってもよかったけれど、それではあまりにも彼女が巻き込まれすぎるだろうと思ってやめた。
 あの金を残しておけば、家を追い出されることはなかったと思ったものの、今更仕方のないことだ。そんな金を使ったら、それこそいつまでも立ち直れそうにない。これから死んでしまおうと思っているのに、なぜかポジティブになりたがっている自分に気づく。
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