Tsubaki's memory

□吹雪く好敵手
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「……許しません、イヴァン。またリトを泣かせたのですね」
「そうかなぁ?僕は悪くないんだけど」
「お黙りなさい‼……息の根を止められたくなければ、リトを離しなさい」
「い、いいよ、椿!俺は別に……」

椿は片手に刀を持ち、イヴァンへとゆっくり歩み寄る。イヴァンは無言で蛇口を構えていた。外野の心の叫びがこだまするも、椿の耳には届いていない。

「……仲良くなれない子は、要らないね」
「そうですね。貴方がお悪うございます」
「酷いなぁ。そんな事言っていいのかな!」

凄まじい轟音を立て、吹雪が巻き起こる。その後ろに冬将軍が構え、イヴァンは蛇口を振りかざした。フェリシアーノが小さく叫び声を上げる。
椿もそれに合わせて刀を握り直した。

「……朱雀の、火‼」

自らの手から生み出した炎のエネルギーを刀に纏わせ、椿は冬将軍に斬りかかった。吹雪が止み、冬将軍が薄くなる。椿は跪くと、「この無礼をお許しください」と呟き、刀を一度しまった。

「……っ!」
「あっ、椿!止めてください!」
「兄上、私はこの人に情けをかける事は許されません。ですので、後ろで見ていただけると嬉しいのですが」

菊は目を逸らすと、椿から離れた。アントーニョですらも焦っていた。今まで最強と言われ続けたイヴァンに、日本女子が挑む。その事実を受け止められた者はこの中にはいないのだ。
刀の先が冷たく光る。イヴァンのマフラーは宙にたなびき、ゆらりと冷たい風が蠢いた。

「……行くよ。っはぁっ‼」
「危なっ……玄武の山‼」

振り下ろされた蛇口に、椿が地に刀を刺し生み出した山の壁が激突する。カキン、と硬い音が鳴ると、イヴァンも椿も吹き飛ばされた。
「白虎の風!」と唱えると、椿は刀を振り回し、ソニックブームを起こす。イヴァンはそれを避けながら落ちた蛇口を手に掴んだ。

「椿……いいのに……」
「トーリスさん、どうされたんですか?」
「あぁ、菊さん。椿が、俺がフラフラになって帰ってきたのを見て、大慌てでイヴァンさんの元へ行ってしまったんです。
来てみればこんな風に……」
「俺も、止められると思って来たんやけど、どうも無理そうなんよ。
随分と根性あるんやな、椿」
「……ありすぎて困りますよ」

菊のため息を切り裂くが如く、椿は刀を振るいつつ前進する。イヴァンが戯けてみせた瞬間に、椿は刀をイヴァンの頭上から振り下ろした。

「青龍の、林!」

振り下ろした波動は散らばり、幾つかのツルとなってイヴァンへと襲いかかる。あっという間にイヴァンの四肢を縛り付けると、椿の刀は喉元に当てられた。イヴァンの荒い息遣いで刀が曇って行く。

「これが我が奥義、四神を持って風林火山を表す」
「……っはっ、早く離してくれないかな……?」
「口を開くでない。少し黙っていられぬか!」

豹変した椿の口調に、ロヴィーノが声を上げる。椿は普段は優しく、オブラートに包む話し方だったのだから尚更だ。その姿はまるで武士の様。くノ一と呼ぶに劣らぬ姿だ。

「其方のような仲間の意味も理解できぬ人に仲間など増えぬ!力で従わせる横暴な者は人に在らず!
良いか?リトに近づかないでもらいたい‼」
「……そんな……」

イヴァンの瞳から、幾度となく水滴がこぼれ落ちる。椿はただその姿を見下し、無慈悲な笑みを浮かべるのみ。力の抜けたイヴァンの体は、縛りが解けた今もだらりと垂れ下がり、冷たい風に煽られていた。

「何て非道な……」

菊が胸の内を吐露する。刺すような視線を放つ椿からは、天下太平の表情が薄れていた。反対に腹構えの無くなったイヴァンに、菊はやるせなさそうに視線を移す。
椿の刀が返照する。吹雪で遮られていた光が椿のみに降り注いでいた。まるで四神の加護を受けているかのように。

「成敗!」
「……僕は、また信じてもらえなくなるの?君の所為で……」
「まずは自らを恨むべし!もしも、其方が仲間とやらの旨を認識出来た時……
と、友達とやらになってやっても良いぞ」

そう言って、椿はおぞましく煌めく刀をしまう。イヴァンの拘束も解け、絡みついていたツタは枯れ、僅かに残る雪に落ち消え去った。
イヴァンの瞳から落涙した雫もすでに枯れ、椿の威圧に崩れている。ロヴィーノは某然と静寂の雫を見つめていた。

「……椿」
「それまでは精々精進せよ。……友達になるのは、其方の為ではない」
「……」
「友達が増えるのは其方にとって喜ぶべき事であろう?
……まるで私が悪者のようですね。私はこれで失礼します」

諦め切れていないような苛立ちを刀にぶつけ、投げ捨てると、椿は何事も無かったかのようにふんわりと、素っ気ない足取りでその場を去った。
体に力が入らないまま、イヴァンは壁に寄りかかっていた。断腸の思いが込められた表情をするものの、動かない。眉を寄せて血涙しながら、イヴァンは地を叩きつけた。

「……‼椿は……」
「どうかしたの、菊?」
「フェリシアーノ君……椿が使っていた刀は、斬れ味が悪いと評判の安い刀でした」
「っつー事は、椿は本気を出しておらへん……?ほんまかいな⁈」
「そうなりますね、アントーニョさん」

トーリスは投げ捨てられた刀を手に取ると、斬れ味を確かめるようにすぐ近くの木を斬りつけた。刀は折れ、折れた先が宙を舞い、トーリスの後ろに突き刺さる。
その音に、ロヴィーノとフェリシアーノが振り向く。その二人は恐れ顔を引きつらせていた。

「……全く、椿はツンデレ過ぎるんだよね」

トーリスの呟いた声が、高く舞い上がった白い雪の中へと消えて行った。



~end~

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