Tsubaki's memory

□泣こうが笑おうが
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片手にはアルフレッドさんに渡す手料理。
片手ではチャイムを鳴らす。雨が降ってるけど、アーサーさんと行けると思えば別かも。

兄上曰く、アーサーさんは気分が悪くなっちゃうから付いてやれって事。
そんなに酷いものかな……

「……んぁっ、椿か……」
「誕生日、行かないのですか」
「あぁ、今準備し……げふっ」

急に咳をして、そのまま倒れ込む。アーサーさんの呼吸は荒くなっていて、顔も青白かった。兄上の言う通りだ……

「だ、大丈夫ですか⁈」
「っ、あぁ、今度は……行くって……ぁ」

それでもフラついていて、私にぶつかって倒れた。アーサーさんの方が大きいんだから、倒れるに決まってるよ‼

「うわっ」
「あ、すまない……べ、別に、アルフレッドの誕生日パーティに行きたくない訳じゃないからなっ!」
「何情けない事を言っているのです‼今年は行きます。行かなきゃいけないんです‼」

いくらアーサーさんとはいえ、流石に許さない。弟……悲しき戦の記憶を振り払って行くのも試練。
アルフレッドさんの倉庫の妖精さんが、忘れるなって。だから、忘れちゃいけない。

「……ぼふっ、タオル、くれないか?」
「はい。どうぞ?」
「……頭が痛いんだ。でも行く。安心しろよ、わざわざ来てくれたんだし」
「……いえ、貴方の為なんかではありません。これは私の為です」
「椿ならそう言うと思ってたぜ」

確かに、アーサーさんの為じゃない。これはただの私の我儘だから。
ただ、アーサーさんの笑顔が見たいだけだから。

「……笑ってください、アーサーさん。私の前で憂鬱そうな顔、しないでください……
アルフレッドさんと話してる時、楽しそうです……私も、そんな姿が見たい」
「そうか?全然、彼奴はそんなんじゃない」
「そ、それじゃ駄目なんです‼私も、貴方のような人と……っ」

アーサーさんは青白い顔で首を傾げる。言えなかった。言うべきではなかった。

……私は、貴方と居たいんです。
そんな事言えない。告白なんて、出来ない。好きなのに。

「行きましょう。躊躇している暇などありません。宜しいですか?」
「あ、おい待て‼」
「さぁ、早く‼今日も雨でも、行くしかないのですからっ‼」




仕方ないんだ。
こうでもして、私はアルフレッドさんの誕生日をアーサーさんに祝ってもらいたいから。アーサーさんが、楽になってほしいから。
アルフレッドさんの家に着くと、アーサーさんは吐血した血が軍服に付着し、まるで返り血を浴びたかのようになっていた。急いでスーツに着替えさせると、か細い声で「あ、ありがとう」と呟かれる。

「持って来られたのでしょう?」
「あ、まぁな。適当だが」
「なら喜ばれますよ。さぁ、行きましょうか」

アーサーさんに借りたドレスを着て、スーツを着たアーサーさんと広場に出る。鏡に映る私達は紳士淑女のようにも見えた。
視線が私達に集まる。

「椿、無事に来れたのですね」
「おー、椿!で、隣のアーサーは……」
「アルフレッド兄様、それが、」

横を見た時には、すでにアーサーさんはいなくなっていた。多分体調が悪くなったのだろう。

『早く追いかけて』
『アーサーを助けて』

りんりん、と耳元で妖精の声が聞こえる。アーサーと共に行動していたのだろう。早く助けに行かなくちゃ、アーサーさんは……

「ちょっと行って来ます!」

広場の外へと出ると、木の下でアーサーさんは休んでいた。顔は青ざめ、さらに呼吸は荒くなっていた。
これじゃあ駄目だ。早く助けなくちゃ。

「アーサーさん?」
「ん?あ、あぁ、暑くてな。そうだろ?」
「逃げたのですか?」
「お、俺が逃げる?んな訳ないだろ!」
「……私が、そんなに嫌いですか?」
「は?」
「私は、最低な女だから、笑ってくれないのですか?
アルフレッドさんと、笑い合いながら……そんな世界を望んだ。貴方はその世界論を、忌み嫌うと言うのですか?」

何を言ってるんだろう。私ってば馬鹿だ。
そんな事ない、アーサーさんが一番アルフレッドさんといたいのに。そんな事分かり切ってるのに。
私って、本当に馬鹿だ。

「……いや。何でもないのです。私はここで失礼します」
「待てよ」
「え?」
「今日の椿、おかしいと思うんだ」

何も言い返せない。その通りすぎて。
おふざけも程々にしなきゃ。もうアーサーさんに迷惑なんて掛けたくないから。

「……申し訳ございません」
「いや、謝らないでくれよ⁈」
「……私、馬鹿ですね。もう帰ります」
「帰るなよ。お前こそ逃げるな!」

自分の気持ちから逃げたくはないのだけれど。迷惑なんてかけたくない。普通だよ。
兎に角、帰るしかない……

「いたのかい?」
「げっ、アルフレッド!……これ、やるからなっ」
「あぁ、貰っておくよ……って?」

アーサーさんは私を置いて、プレゼントを残して走って行った。そう、私の心配を裏切って。

「……っ、ごめんなさい‼」




私も走って来ちゃった……馬鹿だなぁ、私って。アーサーさんに嫌われてしまう。
アルフレッドさんにも……愛想の悪い人だと思われてしまう……

「……?椿か?」
「ひゃっ?……アーサーさん、お帰りになられたのでは……」
「ばーか。お前を待っててやったんだ、礼くらい言えよ」
「先に、帰っていただいて良かったのですよ?」

何で冷たく当たるんだ、私の馬鹿!こんなんじゃアーサーさんに嫌われてしまう。
……大嫌いだ。私なんて。

「お、お前が俺を連れて来たんだからな。紳士だからな俺は!送り返してやるぜ」
「……っ、結構です!」
「気にしてないからな。お前が調子悪い事……そういう時もあるよな」

顔を赤く染めて、こちらに手を差し出された。私ばかり、心配されてる。そんなの恥ずかしくて、悲しくて、でも嬉しくて、何だか頭が痛くなりそう。
冷たく当たるのを止めたら、楽になれるのかな。楽に。

「……Let's drink tea together.」
「Yes!何処でイギリス英語覚えたんだ?」
「貴方の家に、よく行ってますからね。発音も近づけるよう努力をしていますよ」
「そうだな。ま、まだまだだけどな!」

アーサーさんといるとこんなに楽しいのに。私は何をしてたんだろう。

いつか、告白出来るといいな。

アーサーさんの笑顔と、
私の微笑みと、
遠くから聞こえるアルフレッドさんの笑い声。
笑っていれば、こんなに明るい音が聞こえるんだなって。



~end~

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