サルビアのきもち

□六
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街へ出た二人は、徒歩で中心街をしばらく見て回った後に裏町と呼ばれる地区に足を踏み入れた。
普段ならこの様な治安があまり良くない場所には行かないナツメだが、今日はエースも一緒だし、何より職人の街なのだから地元民御用達の道具屋等が有るだろうと思ったら気になったのだ。
片やエースはエースであちこちの屋台や店先で売っている「水々肉」なる物を片っ端から頬張っている。
暫くはそうしてあちこちを回った後、疲れた二人は休憩を取ろうと言う事になった。
生憎とここは裏町である為に公園や広場の様な施設は無く、仕方なくナツメは近場の店の壁に寄りかかって足を休めた。


「俺、なんか飲み物買ってくる。」


エースはそう言うと駆け足で路地裏に消えた。
ナツメは暫くはぼんやりと行き交う人を眺めていた。
表通りと違い華やかさは無いものの、地元の人達が堅実に働いている姿を眺めるのは嫌いでは無い。
時々ゴロツキめいた連中も見かけるが、流石は造船と観光の島というだけあって、他の島の裏側よりは比較的治安はいい様だ。
そんな風に人間観察に勤しんでいる彼女の背後に、大柄な人影が忍び寄る。
マルコやエースとは違い、人の気配にあまり敏感でないナツメはそれに気付いた様子も無くいまだ視線は前方を向いたまま。
そんな彼女の肩に、遂にその人影の手がかかる。


「エース、遅かっ…………誰?」


振り向いたナツメはてっきりエースだと思っていた人物が、しかし見たこともない奇抜な人物であった事に気付き眉をひそめた。


「ァウ!ようよう、姉ちゃん!昼間っから若い娘がこんな所でプラプラしてるたぁ、良いご身分じゃねえか!」


その人物…派手なシャツに何故かビキニの海パン一枚の男は絵に描いたようなチンピラよろしくナツメに話かけた。
ナツメは訝しげな表情を崩さないまま、一歩後ろに下がると男に向かって


「何かご用ですか?」


と問いかける。
男は奇妙なステップめいたものを踏みながら口を開いた。


「ァウ!恥ずかしがらずに聞いてみな!俺の名を!」

「…別に知りたく無いです。」

「俺はこの島一のスーパーな男!ウォーターセブンの裏の顔!」

「いや、だから別にいいです。」

「そうだ俺は人呼んで、ワァオ!」

「だから、あの…」

「んーーーーっ!!!」


全く会話が成立しない状態で男は一人ノリノリに両腕をぐるんぐるんと回し始めた。人の話を全く聞かないその様に、ナツメの額に僅かに青筋が浮かぶ。
だが男はそれに気付く事無くそのままの勢いで両腕をくっ付けポーズを決め…


「フラー…」

ツルッ!

「ッアウ!」


バナナの皮を踏んで右足を滑らせた。だが左足を踏ん張り何とか耐えた男は再びポーズを整える。


ツルッ!

「ッアウ!」


だが再び、今度は別のバナナの皮を踏み滑る。それでも踏ん張るこの男、なかなか侮れない。
しかし、イラついたナツメの能力を甘く見てはいけない。


ツルッ!

「アウ!」

ツルッ!

「アウ!」

ツルッツルッ!!

「アーウッ!」


足を踏みかえて踏ん張ってもまたそこに何故かバナナ皮があり滑る、この繰り返しに男はいつの間にかナツメから5メートル近くも離れた場所に勝手に移動させられていた。
そしてとうとう諦めたのか、ポーズを取るのを止めると道ばたでがっくりと地面に手を付き、


「……今週の俺は、スーパー駄目だぜぇ……。」


と激しく落ち込んでしまった。
その様があまりにも影を背負っている為、何だか申し訳無く感じたナツメは男に近寄るとそのゴツい肩にそっと手を置いて、


「…長い人生、そんな時もあります。気を落とさないで?」


そう慰めた。
男は途端に滝のように涙と鼻水を垂れ流しながら彼女の手を取ると、


「姉ちゃん…お前、なんてスーパー良い奴なんだ!」


と感動でむせび泣いた。




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