サルビアのきもち

□四
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ゴボボボボボ…

摩訶不思議なシャボンを纏ったリトルモビーは現在深海に向かって潜航中である。
ナミュールの話では普通はもう少し先に進んでから潜航を開始するのだが、この先の島々は雷や火山等荒れた天候が多く、ダメージを蓄積しているリトルモビーにこれ以上負担をかけない様にと早めに潜航するのだそうだ。
マルコ曰く並みの海賊には出来ない芸当で、この出鱈目極まりない海でそんなルートを知っているのも四皇白ひげならではだと聞かされ、ナツメは改めて親父の凄さを垣間見た。

きらきらとした水面が見えなくなった頃、徐々に景色が変わり始める。色とりどりの魚や海王類が泳いだり海底山脈の様な地形が有ったりと、一般人として生きていたなら絶対に見られない景色をシャボンの大パノラマで拝める様になった事で、ナツメは少なからず感動していた。


「凄ェだろい?」


甲板に立って半ば呆然とその景色を眺めているナツメにマルコが声をかけた。
振り向いた彼女は両手を胸の前で握り締め少しだけ興奮気味に口を開く。


「はい。なんだか本当に私達も鯨になったみたいですね!」

「…この辺りは海底の地形もそれほど複雑じゃ無ェし、海流も穏やかな分景色も見易いからねい。」

「そうなんですか?じゃあ他の場所だとやっぱり海中も出鱈目だったりとか?」


未知の世界を探究したいと顔に書いてあるような彼女が質問すると、マルコは自身の無精髭をざりざりと弄りながら暫し考える素振りをする。


「まあ、出鱈目っつーのも有るが、どっちかってぇと不安定な感じだねい。」

「不安定?」

「ああ。磁力だったり天候だったりがその時々でバラバラなんだよい。だから、グランドライン前半の海から来た奴等は新世界を『地獄』なんて言ったりもするねい。」

「じ、地獄?」


自分が今まで暮らして来た海が他人様にはそんな風に見えるのか、とナツメは少々複雑な気分になった。
そんな彼女の考えに気がついたのか、マルコは苦笑いを浮かべると再び口を開く。


「俺らが普段居るのは縄張りだからねい。当然、普通に文明が有る場所…つまり人が暮らせる場所だよい。だが島の中にはもちろんそうじゃ無ェ、暮らすどころか近付く事すらままならねぇ島がわんさと有るんだよい。」


そこがまたこの海の面白い所でもあるんだがねい。
マルコはそう続けると、僅かに少年の様な笑顔を浮かべて視線を海中に向けた。
マルコにしてもサッチにしても、あの親父ですらも、時々今のマルコの様な顔をする。それはまるで「冒険を夢見る少年」の顔そのもので、それを見たナツメはいつも、この10歳近くも年上の上司が何だか可愛く思えるのだった。


「………あ!」

「よい?」


暫く黙って海中を眺めていた二人だったが、不意にナツメが上げた声にマルコが彼女の方へと視線を移した。


「隊長、あそこ見て下さい!ほら、鯨!」


彼女が指差した方向には、大きな白い鯨達が数頭、悠然と泳いでいる。


「ほう、白鯨かよい。」


それを見たマルコも、親父を思い出したのか嬉しそうに顔を綻ばせた。
少しずつ近寄ってくる白鯨達に、ナツメは何か思い付いたらしくマルコへ「少し待ってて下さい」と声をかけると一目散に船内へと走って行った。
しばらくすると戻ってきた彼女の手には、愛用のギター。


「隊長知ってますか?鯨って、歌うんですよ。」

「…そうなのかい?」


聞いた事無いねい、と首を傾げるマルコを他所にナツメはギターをかき鳴らす。


「ヨホホホ〜♪ヨ〜ホホ〜ホ〜♪…」


最近ではすっかりお馴染みになったレパートリーを陽気に歌うナツメ。
それを聞き付けたクルー達もちらりほらりと歌に参加し、甲板はたちまち楽しげなステージに早変わりする。
それが聞こえたのか、はたまた雰囲気が伝わったのか、船の横を泳ぐ白鯨もユラユラとその巨体を揺らしてパクパクと口を開き始めた。
それを見たナツメは小首を傾げて、「ね?」と言う風にマルコに目配せをしたのだった。




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