サルビアのきもち

□一
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そんな彼等の様子にクツクツと笑いを漏らしながら近付いて来るのはビスタだ。
ビスタはナツメの隣まで行くと、「もう歩けるのか?」と自分より遥かに小さいその頭を優しく撫でた。


「少しだけですが。」


そう言って照れた様な困った様な微笑を浮かべた彼女に、ビスタは微笑ましく思いながら本題を切り出した。


「実はな、ナツメ。お前の部屋に有ったピアノなんだが、此方の都合で場所を移動したんだ。」


ビスタの口から発せられた言葉に、ナツメは一瞬言葉を失った。
確かにあのピアノはナツメの物と言う訳では無いが、歌うたいの彼女にとっては謂わばギターと並ぶ一年も共に過ごしてきた相棒だ。
だが、ビスタがわざわざ断りに来る位なのだからやむを得ない事情があるのだろう、そう考えた彼女は、


「…そう、ですか。」


とだけ答えた。
だがその彼女の目に見えた落胆ぶりを見かねたマルコが、


「…ビスタよい。」


と彼を急かした事で、ビスタは悪戯っぽい笑みを浮かべたまま彼女の脇の下に手を入れると、膝に負担がかからぬ様にと、彼女をまるで子供でも抱っこする様に、そっとその腕に座らせた。
いきなりの事に目を白黒させながら、かと言って暴れる訳にもいかずされるがままになっているナツメを連れて、ビスタはラウンジへと続く扉に向かう。
やれやれ、とそれに続いたサッチとマルコが観音開きの扉を開け放てば、その部屋の片隅に有ったのは、


「…ピア…ノ?」


そう、彼女が愛用していたそれだったのだ。
驚きのあまりビスタの腕の中で口をパクパクと動かす彼女の身体を優しくその椅子に下ろすと、彼は口を開いた。


「コイツは、元々ここが定位置だったんだ。…随分昔、演奏者がいなくなって物置に仕舞われたが。」


そう言うビスタの視線がまるで遠くを見る様に僅かに哀愁を帯びているのを、ナツメは勿論、マルコもサッチも見逃さなかった。
三人の気遣わしげな視線に気が付いて、ビスタが苦笑いをしながら話を続ける。


「…だが、また演奏者が現れた。」

「……あ。」

「そう、ナツメだ。だから、コイツもそろそろ、また『居場所』が欲しいだろうと思って、な。」


ビスタの言う『居場所』が指しているのはピアノだけでは無い事を知っているサッチは、眉尻を下げ、へにゃん、と効果音でも付きそうな優しい笑顔を浮かべると、ナツメの肩を柔らかにポンと叩き、


「せっかくだからさ、何か一曲弾いてよ。」


と言ってピアノの蓋を開けた。
そこに現れた、マルコが胸に入れているのと同じ形の白ひげの「誇り」。
それを見たナツメは改めて思った。


(そうだ、私はここで…この人達と共に生きると決めたんだ。……この人達の「家族」になる、そう決めたんだ。)


白く磨き上げられた鍵盤を前に、少しだけ物思いにふける彼女とはまた別に、その「誇り」を視界に入れた男達もまた、それぞれに思いを馳せていた。




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