サルビアのこころ

□弐
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二人の漫才の様なやり取りの後、船医であるクロエを交えて大まかな予定を立てた。
白ひげの容態を鑑みればすぐにでも輸血を開始したい所ではあるが、ナツメの能力が発動するのに一体どれ程の量の血液が必要かも分からないので、丸一日使い衰弱した彼女の回復を待ってから、明日の夜に輸血を開始する事になった。
衰弱、と言っても、恐らくはこれも悪魔の実の能力なのだろうが、意識が戻ったナツメは驚く程の早さで回復しており、先ほどから「お腹が空きました。」と呑気に食事を要求している。
その為マルコは現在食堂に軽めの食事を頼みに行き、今は不在だ。


「……あ、そういえば。」


食事を待つ間にクロエと明日の予定の確認をしていたナツメは、ふと何かを思い出した様に口を開いた。


「何か気になる点でも有った?」


そうクロエが優しく促せば、


「いえ…。あの、私を直接的に助けて下さった方にお礼を言っていないと思いまして…」


そう言ったナツメは気まずそうに視線を下げた。
クロエがナツメのそんな常識的な所を好ましく思いつつ「ああ、それなら…」と言いかけた時、医務室の扉が開き特徴的な頭が覗いた。


「…軽食だが、持ってき…た、よい?」


部屋に入るなり無言でクロエに指差されたマルコは珍しくキョトンした顔で、目の前の二人の顔を見比べる。
そうこうしているうちに、二人の片割れ、ナツメはきちんとベッドの上に正座をし、何故か三つ指を着いて深々と頭を下げ始めた。


「マルコさん、その節は大変お世話になりました。」

「はぁ?」


何が何だか分からない、と言った風に呆気に取られているマルコの手にはホカホカと湯気の立ち上るリゾットの乗ったトレイ。
そしてそのマルコの背後、廊下側にチラチラと見え隠れしているフランスパン状の物体。
それらのコラボレーションが妙にシュールで、クロエはこみ上げる笑いを抑える事が出来ずに肩を震わせた。
そんなクロエの腹筋に止めを差すかの様に、頭を下げたままのナツメの腹と、トレイを持ったままのマルコの腹が同時に「ぐぅー」と鳴ったものだから、とうとう彼女は身体をよじって笑い転げる羽目になったのだった。






その後、持ってきて貰ったリゾットを食べながらナツメはサッチに自己紹介されたりと、他愛のない雑談をしていた。


「そういえば、お前なんであんな格好で小舟で漂流してたんだよい?」


ふいに聞かれた質問に、サッチが食後に入れてくれた紅茶をズズッと啜りつつ思案するナツメの様子に、何か言えない事情でも有るのかとマルコは僅かに警戒する。
しかしそんな彼の心情など気付く事もなく、ナツメはあっけらかんとした様子で説明を始めた。


「よく分からないです。…私教会で結婚式の真っ最中だったんですよ。そしたら地震が起きて、いきなり足下に出来た地割れに相手と一緒に落ちて…。」

「いやいや、ナツメちゃんそんなあっさり…。ってか、じゃあ相手の男は一緒だったの?」


ナツメ本人もよく分からないという風な説明にサッチが疑問を呈した。


「いや、俺が見つけた時には、小舟にも周りにもこいつ以外は居なかったよい。」

「ええ。…気が付いたら私一人で小舟にいて、かれこれ5日は一人で漂流してましたから。」


唯一その場にいたマルコの証言をナツメも肯定する。


「…でも、多分何となくだけど、彼も生きてる気がするんです。……単なる勘ですが。」


そんな風に呟いたナツメに、その場にいた誰もが「偉大なる航路」の厳しさを教える事など出来なかった。


「……さ、いくら少し元気になったとは言え、明日に向けてナツメは身体を休めなきゃ!続きはまた明日にしましょう。」


取り繕う様なクロエの物言いに、その場は微妙な空気を残しつつお開きとなった。






挨拶をした後、医務室を出て部屋に向かうマルコとサッチは、どちらも口を開く事もなくただ僅かに苦々しい気分のまま歩くのだった。




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