兎耳のアイリス

□その9
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サッチやラクヨウ、それからイゾウといったクルーの中でも群を抜いている面子が、おそらく近いうちに隊長に昇格するだろう。そんな話が持ち上がって随分と経つがいまだに実現されていない。そしてそれはマルコが言う「機会」に恵まれないからに他ならなかった。
彼らの人の上に立つ者としてのセンスは白ひげや現隊長達も認めるところだ。しかし他の平クルー達の手前、どうしても目に見えて分かりやすい「武功」を立てるのが昇格する上で必要なのである。その方が、後々面倒な事が起こりにくい。
だが、ここ最近は白ひげの名前が世に知れ渡って久しい事もあり、他の海賊から喧嘩を吹っ掛けられる事が減ってしまった。海軍ですらつかず離れずで様子を伺っている有り様である。


「暴れらんなくて、ストレス溜まってる奴らも多そうだしねい。」

「確かに……これじゃ銃も錆びついちまうねぇ。」

「体が鈍っちまうってんだよ。」


荒くれ男達の中では比較的落ち着いているこの三人も、やはり根っからの海賊。少なからず今のこの現状に退屈を感じてはいるのだった。






「それってさぁ、単に暴れたいだけなんじゃないの?」

「まぁ中にゃそういう奴もいんだろうが、そればっかじゃあ無いってんだよ。」

「ふ〜ん……。あ、ならさ!」

「あん?」


インゲンの筋取りをするサッチの横で、何が楽しいのかそれを眺めていたミラ。サッチは暇潰しにとマルコ達との甲板での会話を話したのだが。


「ストレス発散なら、アイドルのライブなんてどう?私、頑張っちゃうよ?」

「…………。」

「ちゃうよ?よ?よ?」

「………はぁ………」


歌の振り付けか何かだろうか、調子っ外れな鼻唄に合わせてクネクネするミラに、サッチはあからさまな落胆のため息を洩らす。
仮にミラがライブをして船内が大盛り上がりをしたとしよう。だからと言ってそれで発散できるストレスと、今回のこの問題はまるで別物なのだ。第一、単に暴れたいだけの奴にとってはその程度のイベントで満足できる訳も無いし、そうじゃない奴ら(自分も含め)にとっては何の意味も無い。
少なくともサッチ自身は単純に暴れたい訳ではなく、これから先の自分の進退の事を考えた上で現状の脱却を図りたいのだ。かと言っていたずらに何処かの島や船を襲うのは親父の信念に反するから出来ない。


「………こっちから喧嘩吹っ掛ける訳にもいかねーしなぁ。」

「ちょっと、私のライブはぁ〜!?」

「あーはいはい。そのうちなってんだよ。」

「ぶーぶー。」


可愛らしく頬を膨らます少女を尻目に、ポキポキとインゲンの筋取りをしながら、サッチはどうしたものかと考え込んでいた。

そんな事を考えていたからだろうか。
事態は急展開を迎える。












「……あー……3時の方角に、船影。旗印は……ちっ、モヤッてて見えねえな。」

「どうせチンケな海賊風情だろ。」


軍艦の見張り台にいた海兵二人は、双眼鏡を覗きながら遥か彼方にぼんやりと浮かぶ小さな船影を見て、そんな暢気な会話を交わしていた。


「どうする?大将に報告するか?」

「もう少し接近するようなら旗印を確認して、それからでいいだろ。」

「……だな。」


これから上司である大将とともに海軍本部に向かい、並み居る幹部がたのご機嫌伺いをしなければならないのだ。出来ればその前に疲れるような事は避けたいのが彼らの本音である。幸い件の船影とはまだかなり距離があるので、今すぐにどうこうなる事はあるまい。そう判断した二人は引き続きモヤの中に揺らめく船影を監視する事に決めたのだった。



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