兎耳のアイリス
□その8
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「ミラ、ミラこっち来てみろ!」
普段ならば彼女に隙を見せまいと振る舞っているラクヨウですら、今日は陽気に手招きをしている。というか、ラクヨウ含む何人かは既に出来上がっているようで、ジョッキ片手に赤ら顔のクルーまでいる。
「………ジョズさん?」
招かれるままにふよふよと寄っていけばその一団の中心にはジョズが座っており、しかも真面目な彼にしては珍しくほのかに頬を赤らめているようだ。その様子にミラは小首を傾げながら
「もう飲んでるの、ジョズさんにしては珍しいね。」
と不思議顔である。ちなみにラクヨウについてはいつもの事なのだろう、突っ込む気は無いようだ。
言われたジョズは慌てて首を左右に振りながら「飲んでない」と言う。そしてそれに更に不思議そうな顔をしたミラに、藪から棒に一つの包みを差し出した。
「誕生日だからな、プレゼントだ。」
照れ臭いのだろう、視線をあからさまに逸らしながらの彼のその行動は、ゴツい巨体のくせにどこかコミカルで可愛らしい。
「プレゼント……?私に?」
「あ、ああ。」
「貰っても、いいの?」
「おう、お前ェのだ。」
おずおずと「サッチさん…」と後ろに控えていた男を見遣ると、彼は心得たとばかりに包みを受けとる。彼女は、まあ仕方ない事なのだが、今までの人生(?)での記憶には「誕生日プレゼントを貰う」というものは一つとして無いのだ。もちろん、親元にいた五歳まではぼんやりとだが確かに愛された記憶はある。だから当然プレゼント等も貰っていたのだろう。だがもうかれこれ十数年も前の記憶は朧気で、親の顔すらハッキリと思い出せないのが正直なところだ。
しかも長いこと幽霊生活を営んできたミラには、「誕生日プレゼント」というものの知識はあれど自身にそれが贈られるなどとは想像もした事がなかった。
サッチは「開けるぞ」と彼女に言ったのちリボンに手をかけ、優しく引っ張る。すると赤い蝶々の形のそれははらりと解け、またするりするりと更に引っ張れば、やがて包みから離れた。サッチはそれすらもプレゼントの一部だ、とばかりに丁寧に纏めて脇に置く。次に、一体いつどうやって手に入れたのだろう入手経路不明な可愛らしい包装紙を、これまた破かぬように気を付けて外すサッチは思った。
(なんか俺っち、料理作るより慎重じゃね?)
僅かに苦笑いを溢しながらも、まあそれも仕方ないか、とも思う。何せ目の前で期待と戸惑いが半々になった瞳で見つめているこの少女は、現れた当初こそ「自称」アイドルだったが、今となってはその天真爛漫さゆえに本当にアイドルのように扱われているのだから。そんな彼女を万が一にも悲しませるような失態を犯せば、船内に密かに存在しているらしいファンクラブのクルーから何をされるか分かったものではない。
(とは言っても、どっちかってーとネタキャラアイドルだけどな。)
今度こそクスリと音をたてて笑ったサッチは、包装紙の中からプレゼントを取り出した。
「……っ、わあぁ……!」
途端に上がるのは少女の歓声。
その少女の視線の先には、まるで夜から朝やけの空へ向かう、ほんの僅かな間の色を閉じ込めたような青紫。貝〈ダイアル〉の光に照らされて淡い光沢を見せる、滑らかな生地のワンピースがあった。
「お前、いつもその服だからな。……女は、こういうのがいいかと思って。」
ぼそぼそと喋るジョズの台詞にコクコクと頷きながら、右から左から、上から下からワンピースを眺めてはミラは歓声を上げている。
「すごい!すごい綺麗!可愛い!」
余程嬉しいのだろう、瞳を輝かせ興奮して喋るミラは忙しなく動き回り喜びを目一杯に表現する。
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