兎耳のアイリス
□その7
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ミラはマルコのその物言いに長い睫毛を揺らすようにぱち、ぱち、と大きく二度瞬きをすると「おぉ!」と呟いて手を打つ。
「さっすがマルコさん!頭いいね!」
「馬鹿にしてんのかい?」
「いやいや。ちょっと試しにやってみようよ!」
「……何をだい?」
怪訝そうな表情のパイナップル頭を他所にミラは机の前まで降りてくると、そこに有った書類に手を翳して「む〜〜〜ん」だか「ぬ〜〜〜ん」だか唸り始めた。これには本来ならばのんびりしている時間など皆無なマルコですらも、少しだけ期待の混じった眼差しを向けつつ成り行きを見守る。
暫くすると彼のその期待に応えるかのように、書類にうっすらと影のようなものが浮かび上がった。
「おっ?まさかのまさかかよい?」
「んむ〜〜〜……っ!」
じわりじわり、と焦らすように浮かび上がるそれは次第にはっきりとその形を現し始め、書類の右下部分にやがて一つの「しるし」を成す。
「…………っ、ふぅ。」
幽霊のくせしてまるで額に汗して一仕事終えたかのように、ミラは腕で前髪を上げ汗を拭う動作をするとマルコを振り返った。
「………こりゃ、何かの呪いかよい?」
「あはは、まっさかぁ!……『しるし』を思い浮かべて頑張ったんだけど、これが精一杯みたい。」
てへへ、と舌を出して茶目っ気たっぷりの笑顔を作った彼女の手元には、一枚の書類。
「………はぁ。」
ため息をついたマルコはその書類、うっすらぼんやりと小さな手形の浮き出た『呪いの書』状態のそれへと、心底嫌そうな顔でサインを書き込み紙の山へと放り投げた。
「……少しでもお前ェに期待した俺が馬鹿だったよい。」
諦めたように呟き、再び次から次へとサインを続けるマルコを、ミラは若干のむくれ顔で見遣る。だが不意に何かに気付いたように顔を上げると、逆さまになってマルコの顔を覗き込んだ。
「ねえねえマルコさん。」
「な〜んだよ〜〜い。」
「あのさ、思ったんだけどさ。」
「よいよ〜〜い?」
「判子じゃダメなわけ?」
「ん〜〜〜?………ん?」
どうせこの馬鹿の事だからマトモな話など期待出来まい、そう考えて生返事をしていたマルコはミラの一言を聞き流しそうになる。だが彼女の出した単語が引っ掛かり、少しだけ目を見開いてそれを反芻した。
「判子?」
「そう。マルコさん専用の判子。」
「…………。」
なんで、今まで気がつかなかった、自分。
ぽかん、と口を開けたままの顔で視線を上げれば、眼前には逆さまになってこちらを見遣るミラの顔。それを暫くじっと見つめた後、マルコは呟いた。
「お前ェ………案外バカじゃ無ェんだねい。」
大分失礼な台詞だが、単純なミラは「誉められた」と喜んでいる。そんな彼女を眺めながらマルコは
(考えてみりゃ、コイツの親は学者だったとか言ってたよない?………幽霊でなきゃ、いい拾いモンだったんだがねい。)
等と考えつつ、判子を造る段取りを考えていたのだった。
そんな凸凹コンビが気の抜けたやり取りをしている部屋に、不意に響いたのは乾いた板を打つ硬質な音。とは言ってもそれはコンコンなどという控え目かつ可愛らしい音ではなく、どちらかといえばガンガンという無遠慮なものだったが。ともかく、響いたノックを無視する理由も無いマルコは扉を見遣りながら「よ〜い?」とヤル気の無い返事を返した。
するとすぐさまドアは開き、姿を覗かせたのはフランスパン。
「なんだいサッチ、飯の時間にゃ早いだろい?」
部屋の主の問いかけに「いや、」と呟いたフランスパンもといサッチは、目の前のパイナップル頭の横にふよふよと漂っているミラの姿を認めニンマリと笑みを浮かべる。
「ミラ、ちょっといいか?」
ゴツゴツした手に不似合いな可愛らしい動作でおいでおいでをした彼は、マルコへもチラリと視線を向けると
「マルちゃんも、ちょっと休憩がてらに来てみろってんだ。」
と言って踵を返した。
【つづく】