兎耳のアイリス

□その7
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翌朝。

食堂をいつでも見渡せるように、と広々としたカウンターの付いたオープンキッチン。その端っこ、主にコックが出入りする為に作られた腰ほどの高さのスイングドアの前で、クルーの中でも群を抜いて大柄な男が厨房を覗き込んでいる。


「バースデーケーキ?」

「ああ。」

「構わないが、今日誰か誕生日だったっけか?」

「いや、そうでは無いのだが……」


その男、ジョズは朝の一仕事を終えたサッチに「頼みがある」と持ち掛けた。
話を聞いたサッチが口にした疑問に、ジョズは辺りをキョロキョロと窺うと小さく手招きをする。僅かに眉間に皺を寄せたサッチは、面倒臭そうにため息をつくと目の前の巨体に近寄った。


「……ふんふん。………ああ、………そうだな。」

「……で、…………だから……………と思ってな。」


ゴツい男大小二人が身を寄せ合ってヒソヒソ話をする様は、なかなかにむさ苦しい光景である。しかし幸運な事に、今の時間は食堂にはジョズ以外はいないし、また厨房にもサッチ含めた数人のコックが残るだけだ。それを幸いと、なにやら密談を交わした二人は揃ってウンウンと頷くと


「んじゃ、その手筈で。」

「ああ。」


との言葉を最後にそれぞれの仕事へと取りかかるのだった。











カリカリカリカリカリカリカリカリ…………。


「ふわぁ〜〜〜〜………」


カリカリカリカリカリカリカリカリ……。


「………むにゃむにゃ………」


カリカリカリカリカリカリカリカボキィッ!!


「……にゅあ?ど〜したの?マルコさん。」


宙をふよふよと漂いながら、欠伸をしたり目を閉じたりと好き勝手していたミラは、先程から継続的に聞こえていたペンが走る音に眠気を覚えていた。だが突如混じった異音に気が付いて数回瞬きをしたのち問いかける。その彼女の視線の先にいる、机に向かい俯き加減になっていた1番隊隊長のマルコは、姿勢はそのままにプルプルと肩を震わせると手を開いた。

カラン。

そう乾いた音をたてて机の上に転がった上等な羽ペンは、残念ながらちょうど中程から無惨にも折れてしまっている。それを見たミラは黒目がちの大きな瞳を真ん丸に見開いて


「ありゃ〜…もったいない。」


などと暢気に呟いた。
マルコはというと、そんな彼女をいつもよりも三倍増に凶悪な目付きで睨み付け、地を這うような低い声を吐き出す。


「……お前ェ……なんかの嫌がらせかよい……?」

「へ?何が?」


さっぱりわかんない。
そう言わんばかりに能天気な表情をした彼女は、再びぱちくりと目をしばたたかせると空中でクルリと一回転をした。マルコはミラのその反応にさらに青筋を増やしながら


「俺ぁ昨日徹夜だったんだい!昼寝なら他所でやれよい!」


と、机の上にうず高く積み上げられた書類を指差し苛立たしげに捲し立てる。だがミラはそんな彼の勢いに「わお。」と小さな声を上げただけで、大して申し訳無いとも思っていなさそうな調子だ。

幽霊でなければ一発どついてる。

女子供をいたぶる趣味など皆無なマルコだが、この時ばかりはそう思わずにはいられなかった。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、ミラは何を思ったのか上からふよふよと書類を覗き込むとまたしても暢気な声を上げる。


「これサイン?ひたすら?一晩中?」

「そーだよい。」

「なんで?」

「それが仕事だからだよい!」


ミラにしてみれば不思議で仕方ない質問なのだが、マルコにしてみればイライラして仕方がない。毎月の事とは言え、クルー一人ひとりへと支給される給料明細に、責任者のサインをしなければならないのだから。悪魔の実のような分配出来ないものは別として、航海の中で得た宝は大抵は換金して必要経費を引いた上で、毎月クルー全員に支給する。それは昔から変わらない白ひげ海賊団のルールなのだが、いかんせんここ数年でその人数が格段に増えた。細かい計算は各隊の隊長に任せているものの、最後のサインだけは証明にもなる為にマルコの直筆なのである。


「手伝ってあげられたらいいんだけどねぇ。」

「本当だよい。……飯ん時みてえにチョイチョイっと出来ねえのかい?」


責任者の仕事は無理としても、書類仕事の補佐ぐらいしてくれればこの自称アイドルも少しは役に立つだろうに。
マルコはそんな皮肉を込めてミラを見遣った。



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