兎耳のアイリス

□その6
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白ひげ海賊団にすっかり馴染んでしまったミラではあったが、しかし彼女が幽霊であるという本質には変わりはない。だからというには些か語弊はあるが、もともと好奇心旺盛で悪戯好きなその性格も相まって、彼女の周りでは騒動が、そして笑顔が絶えなかった。


「くぁ〜〜!よく寝たぜ!」


ドレッドの頭をボリボリと掻きながら狭いベッドから身体を起こしたラクヨウは、凝り固まってしまった間接を解すようにポキポキ鳴らしつつ伸びをする。
モビー・ディック号が如何に巨大な船とは言え、クルー全員が普通のベッドのように伸び伸びと寝るスペースを確保出来るわけも無い。だから隊長クラス以外は蛇の寝床のような狭い二段ベッドか、それが嫌なら床に雑魚寝するというスタイルが一般クルーの定番だ。
見た目こそ粗野にも思えるラクヨウだったが、彼は『疲れが抜けなきゃ万が一の時に動けねえだろ』と言って常にベッドで眠っている。事実、彼はこと戦闘においては他のクルーよりは群を抜いて強かった。鍛え抜かれた筋肉は身体をしっかりと支え、彼の得物である鉄球を振り回してもよろめいたりはしないし、それが故に見た目よりもかなりトリッキーな動きで敵を圧倒する。
そんな彼だからこそ、近々行われる隊の再編と増設では新たな隊長として一般から昇格するのでは無いかともっぱらの噂だ。


「あ〜……、今、何時だ?」


枕元に置いて寝たはずの懐中時計を探して、ラクヨウは寝ぼけ眼のままモゾモゾと辺りへと手を這わせる。

確か、昨夜は不寝番で明け方に床に就き、昼過ぎには起きよう、そう考えながら時計を置いたはずだ。

そんな事を思い出しながら、大分覚醒してきた頭で辺りを見回す。
そして、視界の端っこに『見てはならないもの(ラクヨウ比)』を見つけた。


「…………。」

「………おはよう、ラクヨウさん………。」

「…………っ」

「………今はちょうど、おやつの時間です。……ふふふ………」

「………っぎょわあああああああっ!!!!」

昼下がりの長閑な船内に、この世の終わりのような野太い絶叫が響き渡る。
目の前で起こったそれを、ミラは実に楽しげに薄笑いを溢しながら眺めていた。

……壁から、左半身だけを出現させた状態で。






「お前ェはよ、なんか俺に恨みでもあんのかよ!?」

「えェ〜〜?無いよそんなの〜。」

「嘘だ!絶対初対面の事根に持ってやがんだ!」

「アイドルは人を恨んだりしないんだヨ☆」


一人はダカダカと荒々しく靴の踵を鳴らして、もう一人はフヨフヨと音も無く浮遊しながら廊下を言い合いをしながら進む。
多くのクルー達にその存在を認知されて以降、ミラはあまり「姿を隠す」という事をしなくなった。この場合厳密に言えばしなくなった、というよりはする必要が無くなった、というのに等しいが。
とはいえ、いわゆる「お化け」の類いが苦手なラクヨウにとっては普段はともかく先程のような不意打ちはやはり心臓に悪いらしく、彼はいまだに胸の辺りを擦りながらぶつぶつと文句を言っていた。言っていながらも、いつの間にかポケットに仕込まれていた彼女のコンパクトを捨て置いたりしない辺り、この男も大概甘いのだが。


「おうミラ、今日も可愛いな!」

「へっへっへ〜、アイドルだからね!」


そんなラクヨウを他所にミラはというと、すれ違うクルー達と相変わらずの会話を交わしながら呑気にラクヨウの後ろをついてくる。


「大体お前ェ、なんで俺についてくんだよ?」

「え?う〜ん………なんとなく、面白そうだから?」

「………俺で楽しむんじゃねえよ。」

「だってェ〜、ラクヨウさんの反応が新鮮過ぎるからァ!」


くねくねと妙なシナを作りながら、ミラはラクヨウの周りをくるりと一周回ると再び後ろをついてきた。そんな彼女の様子にラクヨウは諦めたようにため息を溢すと、クゥと見た目の割りには可愛らしい音を建てて鳴いた腹を抱えて食堂へと向かうのだった。



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