兎耳のアイリス
□その4
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だがイゾウが何か言おうと口を開きかけた瞬間、彼から見ると正面にあるラウンジのドアがガチャリと金属質な音を立てて開く。それに反応して即座に姿を消したらしいミラ(イゾウには見えているものの)に気をよくしながら、イゾウはドアから顔を覗かせた二人の人物へと視線を向けた。
「よォお二人さん。入って来たらどうだァ?」
「………。」
「イイイイ、イゾ、イゾ、イゾ……」
二人、巨体のジョズとドレッドのラクヨウはそれぞれにそれぞれな反応を示しながら室内へと一歩踏み入れる。もっともラクヨウはジョズの大きな身体に身を隠すようにしながら、まるで何かに怯えるようにキョロキョロと辺りを警戒しているようだが。
「………イゾウ、今そこに誰か居なかったか?」
「誰か?何の事だい?」
「………。」
そんな中、ジョズが至って冷静に表情を変える事無くイゾウへと問うた。相変わらずイゾイゾ言っているラクヨウの様子に笑いを噛み殺しながら、問われたイゾウは何て事無い風にしらばっくれてそれに答える。だがジョズは何か思うところがあるのだろうか、無言のままだったが眉間に僅かに皺を寄せた。
「イゾ、イゾウ!お前ェまさか………」
「あァ?」
「ままままさか妖怪とか幽霊とか、みみ見えたりするのか!?」
かたや、今度はジョズとは対照的に平常心を大海原にでもぶん投げたかのようなラクヨウが、盛大に噛みながらも喚き始めた。だが意外や意外、ラクヨウの方が真髄を突いて来た事に、イゾウは驚いたのか僅かに方眉を上げる。
「なぁ、どうなんだイゾウ!いいい、居るのか!?今ここに!」
端から見ればお前の顔の方が余程怖い、泣く子もむしろ失神する。そんな観覧注意レベルの表情で言い募るラクヨウを見つめた後、イゾウは半ばわざと、しかも勿体ぶったようにゆっくりとミラの方を見た。
(………??)
「………くくっ。」
「なななななになになに見て笑ってんだお前!!」
疑問符を浮かべこてん、と首を傾げているミラを見てイゾウが喉を鳴らせば、案の定ラクヨウは恐ろしい形相で半泣きになりながら彼へと詰め寄る。そんな家族の行動にとうとう堪えきれなくなったイゾウは、身体を中程から折り曲げるようにして前屈みになると肩を苦し気に震わせた。
「な、なあ!どうなんだよ!!」
「……教えてやれ、イゾウ。煩くてかなわん。」
だばだばと涙と鼻水を流しながらイゾウの肩を掴み、ガクガクと乱暴に揺さぶり始めたラクヨウを見て、ジョズもまた呆れたような迷惑そうな顔をしながら言い添える。普段は割に無口なジョズのだめ押しとも言える言葉に、流石のイゾウも仕方なさそうにため息をつくとミラに向かって言った。
「………だ、そうだぜェ。」
「……!」
「――――っ!!」
(!?!?)
イゾウの一言によりジョズは少しだけ目を見開き、ラクヨウはムンクの叫びのようなポーズで声にならない叫びを上げ、また姿を消していたミラまでもが驚いたようにポカンとした顔で彼を見つめる。
(面白ェなァ………騒ぎを起こさねェ?んなもん、起こるから面白ェんじゃねえか。)
イゾウは三者三様な面々を眺めながら心中でごちた。
マルコは出来るだけ平穏に水を差さぬように事を運びたかったようだが、そんなのはくそ食らえだ、とイゾウは思う。自分達はただの船乗りじゃ無い、海賊なのだ。騒ぎ結構、祭りが無いなら自ら起こせ、どんな状況だって楽しんだ者勝ちだ。
イゾウという男は表面上は年の割に落ち着いて見えるが、実は案外こんな子供っぽい一面も残っている。どうやらマルコはその辺りを甘く見ていたようだ。
文字通り目を白黒とさせている、そんな三人の反応をひとしきり楽しんだ後、彼は更にに追い討ちをかけるように口角を引き上げ口を開く。
「姿を現しな、ミラ。」
ラクヨウの喉から、吹き損なった笛の空気漏れのような音がした。
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